【創作小説】峠の庵 恩返しー番外編③ー
今までのお話は、このマガジンに収録されています⬇︎
このお話の時代には、懐かし、昭和の匂いがします……。
或いは、これは、もうちょっと前の時代かもしれません。
その山里に、霊媒たぬきの母子は、棲み着いていました。
以前、いのちを助けていただいた庵の親父さんと女将さんの元を、離れたくはないのです。
けれど、その親父さんも、女将さんも、
今では、この世の人ではありません。
彷徨える魂として、この山の麓の庵に、村はずれの庵に、ずっとたぬき母子と棲んでいるのです。
たぬきたちは、おやじさんと女将さんの魂を宿して、
仲良く共存しているのでした。
ある時、親父さんの魂を宿した母だぬきが、台所で夕げの用意をしていました。
すこし遠くで、豆腐屋の通る笛の音がします。
プーオー、プーオー……。
母だぬき(=おやじさんの魂が宿っている)は、思いました。
(いつも、子狸が、村の子どもに化けて行くと、「おまけ」をくれるんだよな? )
包丁の動きを止めて、母だぬき(=親父さん)は、子狸(=女将さん)を呼びました。
「おーい」
「はーい」
居間のほうから、かつての女将さんの半分の身長の、子狸が、ちょろちょろと女将さんの姿でやってきました(尻尾を出して)。
「おまえ、子供の姿に化けて、豆腐を買ってきてくれないか? 」
「豆腐ですか? 」
「ああ、豆腐だ」
「へい」
子狸は、返事よく買い物に出掛けます。
草むらを、走っていくと、走りながら宙返りして子狸は、だんだん村の子どもに化けます。
(ひょい、ひょい、ひょい! )
化けてもやっぱり尻尾が付いています。
それに気づかず、子狸は、豆腐屋さんを追って、疾走っていきます。
草むらは、葉が擦れて、草の匂いがぷんぷんします。
そう、今は初夏、木々も草ももえる。
そして、村の夏まつりはもうすぐです!
「待ってー!! 」
子狸は、人間の子どもの姿で、豆腐屋のリヤカーを追っています。
「待ってー!! 」
疾走する子狸(子ども)、夏の草むら、豆腐屋の笛の音……。
プーオー、プーオー……。
息を切らして追いつくと、子狸は手にしていた洗面器を取り出して、豆腐屋さんのおじさんに差し出します。
豆腐屋の白い歯をした、人の良い丸い顔のおじさんは、麦わら帽子で、首の手ぬぐいで、汗を拭き拭き子狸に向かって言います。
「おう、坊主。また、あんさんか」
そして、子狸から、わずかなお金を受け取ると、
一丁のはずの豆腐を二丁洗面器に入れてくれました。
「これは、おまけだ。持ってきな」
「おじさん、いつも、あんがと」
子狸は、こちらも白い欠けた歯をニコーッとさせると、(たたたたた……、)と、疾走っていきます。
うしろに、たぬきの尻尾をちらつかせながら……。
豆腐屋のおじさんは、汗の輝るその顔で、
その姿を見送りながら、
「あの子狸も、ホントに、かわいいのう。いつまでも、あの庵で、親父さんと女将さんのオバケと居てくれるといいんだが。わしらは皆、あれを見てるだけで温かい気持ちになる。仲睦まじいあの子たちを見てるだけで、温かい気持ちになる」
汗を拭いながら、見送るのでした。
子狸は、草むらを疾走していきます。
(たたたた……)
(たたたた……)
草むらの脇では、人が飛び越えることがぎりぎり出来るか出来ないかの、小川が流れています。
蒼緑色の、急な、清い、清い、その流れは、たぬきたちの心のようです。
……たぶん、そうです。
たぬきたちの心は、山の清流のように穢れないものなのです。
つづく
©2024.4.3.山田えみこ
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