「なんで学校へ行けなくなったの?」

小3の息子が「学校へ行っていない」と言うと、まず「なんで?」と聞かれる。説明はなかなか難しい。

あだ名などでからかわれた

最初は、「学童で友だちが意地悪する」だった。名前をもじったあだ名。好きじゃないあだ名で呼ばれる。それから、からかわれる。大したことないと思っても、本人にとってはつらいみたいだった。

いざこざがあった

学童の先生に話したら、あだ名でからかわれることはなくなった。ところが、他のことで友だちといざこざがある。毎日のように別の友だちの名前を言う。これは、友だちが悪いわけじゃない。なにがいけないんだろう。ただ毎回先生は話を聞いて解決してくれていた。

先生に怒られた

友だちに暴力をふるってしまった。それは、口でからかわれたという理由があったのだけど、暴力をふるったというだけで頭ごなしに怒られる。「どんな理由があるにせよ、暴力はいけません」。それで、先生に対して安心できなくなってしまった。ただ、それは先生が悪いわけではないと思う。

算数や理科が嫌

学校では、授業が嫌だという。算数は学力別にクラスが分けられていて、担任ではない先生が教える。それが嫌だという。もともと、慣れていない大人はちょっと苦手。大人を注意深く見分けていて、仲良くなれる人とはすぐになれる。でもそうでない人は、緊張してしまったり、言いたいことが言えない。

理由より、態度を見つめる

理由を一つ一つつぶしていくことは本質でないようだった。とにかく、学校に行く足取りが重すぎる。学校に行くことで心が削られているのがわかる。学校から帰ってくると、気力がゼロになっている。背骨が曲がっていて、心が心底疲れていて、「もういやだ」と言う。どうしてなんだろう。

「僕をわかってくれる大人」

映画『みんなの学校』を見て思ったこと。長男が「この先生は僕の話をちゃんと聞いてくれる」「この先生は僕の気持ちをわかってくれる」と思える大人が一人でもいたら、彼は学校で気持ちよく過ごせたのかもしれない。例えば暴力をふるってしまった時に「何が嫌だったの」と聞いてくれる人。悲しい気持ちになったときにそれをわかってくれる人。そういう人がただ一人いれば、よかったのかもしれない。

子どもにそんなことわかるだろうか。学校へ行きたくない理由が「誰も僕のことをわかってくれないからだ」だなんて、それが理由だとしてもわかるわけがない。大人の私だって、わからない。私なんてそもそも、自分に「わかってほしい」という願望があるとわかったのがつい最近なのだ。

気持ちとは裏腹の態度をしてしまう

長男は、目立って問題児なわけでもない。授業中はあまり積極的ではないものの、休み時間には活発な友だちと一緒にボール遊びをしている。だから、問題ないと思われていたのかもしれない。彼の苦しみは、学校では表に現れない。

「先生に何か聞かれると、つい笑っちゃうんだよ。だから先生は俺が学校を好きなんだと思っているんじゃないかな」笑っちゃうというのは、照れてにこにこしてしまうという意味だ。だから、深刻さがない。にこっとして「うん」と言うなら、気に病んでいるとはだれも思わない。

結局、何が原因かはわからない

私が人に話すときには「やらされるのが嫌なのかな」と言っている。小さなころから、お遊戯会でみんなと同じ動きをさせられるのは嫌いだった。だけど、劇などで自由に動くのは好きだった。

家で「俺最近すぐ泣いちゃう」と言っていた。例えば「ローマ字書ける?」と聞いて「書けるよ」と言い、書いてみると間違えた。それだけで苦しくて泣いてしまう。学校で、そんな些細なことで泣くわけにはいかない。学校では、そういう気持ちを殺しているのだ。

本当は上から教えられるのは嫌だ。間違えるのが嫌だ。できないのが嫌だ。でも、自分の気持ちはわかってもらえない。そうやって、いろいろな気持ちを押し殺している。そういう小さなことが、彼の学校生活を苦しくしていたのだと(今は)思っている。

ただ実際のところは、わからない。たぶん本人もわからない。

だけど、友だちのことが大好きで、一緒に遊びたいのに、それを犠牲にするほどには行きたくないのだ。そのうち何かがはっきりすると思うし、もう少し彼の願望が見えてくることもあると思う。だからそれまではあせらず、彼の気持ちがちゃんと出せるように見守っていきたいと思う。

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息子が学校へ行けなくなって

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