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読書感想文 [正欲 読書感想文]

 凄まじい作品を読んだ。否、読んでしまった。


 何が凄まじいのか。


 帯に記されていた言葉を引用する。


 「読む前の自分には戻れない」


 決して大袈裟ではない。この表現は確実に的を得ている。



 豪華な一戸建て、仲の良い妻。だがしかし不登校の、"YouTube革命家"に憧れる小学5年生の子を持つという悩みを抱える40代の検事、寺井啓喜。異性との関わりにコンプレックスを持つ女子大学生、八重子。33歳、誰にも心を許せないまま田舎のショッピングモールの羽毛店で実家に暮らしながら勤務を続ける夏月。3人の視点から、「多様性」を謳う令和の時代に移り変わる瞬間、2019年5月1日をターニングポイントとして錯綜する正を欲する人の生き様を辿っていく。



 朝井リョウさんは何故こうも(本文の表現を引用するならば)正しいレールの道から外れた者の内に潜む炎を言語化するのが上手いのだろうか。



 この作品は今世の中で安直に多様性という言葉を発する人達に真正面から右ストレートを浴びせる作品だ。


 今作を読み終えた後、貴方の喉まで到達した「多様性」は舌の上で戸惑い、躊躇を続ける。そしてまた元いた場所に戻る。確実に。


 正欲。自分の欲が正しい事であるということを欲する欲。その根底にあるものは、周囲と違うという不安。大変共感である。



 私は周囲との差異がない様に、確かめながら歩んできた。そして、時には己の欲を押し付け、正しさを生成していた。少数の正欲を押し潰していることも気付けずに。


 誰もがそうなのだ。自分は大多数の岸にいる。貴方の様な脆く崩れそうな岸にはいるべきではないと否定して自らの岸を補強している。 



 多様性を尊重する。という考えだってそうだろう。

 多様性を尊重しろ!という欲。多様性を尊重しろと謳う者の中では、多様性を尊重する岸と、多様性を尊重しない岸という対立構造が発生してしまっている。



 そう、きっと正欲に際限はない。その恐ろしい事実に読み終えた後誰もが直面する。


 だがしかし、その思考を持った上で生きていけることは多大なる財産になり得るのではないだろうか。読む前の自分と読み終えた後の自分にはきっと違いが生まれているはずだ。



 以上。


 そしてこれもまた、読書感想文という名の私の"正欲"なのである。

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