見出し画像

Guitar1103

今回の「その日の歌」はPretendersの"Brass in pocket"。この曲もラジオで流れたのを聞いて音に惹かれ検索特定したスクリーンショット集から。

私にはこういうセリフと歌の間みたいな歌い方は難しい。それでもこれはまだメロディーに乗っているものなのでギリ歌える(完全にセリフのものは取り扱い不能になる)。
最後の歌詞は読み上げ用のスクリーンショットから切れてしまっていたのでベースを確認しながら聞いてきた時の記憶で歌ったら見事に違っていた。。

この曲のPVはカフェで働いている女性(ボーカルの人)がおそらくお気に入りの客を待ち侘びているところへその相手を含む遊び人グループ(?)が来店するというところから始まる。
はじめは男性3人だけで来て注文をするんだけど、そこがちょうど"I'm special"のところで、それに合わせて意中の相手以外の2人がメニューの"special"(日替わり的な意味)の部分をニコっと指差す姿に「ウナギ文かよ!」と笑ってしまった(一般的に英語では「僕は日替わり(をお願いします)」の意味で"I'm special"とは言わないはず)。
一方お気に入りっぽい男性が日替わりを指差すことはなく、注文もとったんだかとってないんだかよくわからないのだけれども女性(語り手)は奥に引っ込む。そこへチャラ男?達のガールフレンド達が賑やかに来店し、意中の相手以外の二組はいちゃつき始める。そこへ語り手は"special"を注文しなかった(意中の?)男性にだけコーヒーを出し、テーブルは微妙な雰囲気になってパリピ達は店を出て行く。そして最後は店に残された語り手が走り去る(パリピ達の)車を寂しそう?恨めしそう?に眺めつつ歌うというシーンで幕を閉じる。

いまいちよくわからなかったのが、語り手と相手の関係性で、店を出て行く際に女性が男性に触れたりしているしおそらく一定+αの関係はあるはずなんだけど、どういうことなんだろう。女性が相手に片思いをしていてその気持ちそ相手も知ってはいるけど付き合ってはいなくて(だから振り向かせたい、振り向いてほしい)という設定だろうか。

そんなわけで野鳥版日本語↓
ーーーーー
ポケットの中にはコインが入っている
ボトルもあるし、あれを使おうっと
計画は?今日は冴えてる気がする
私はあなた、あなたを振り向かせる

動き出しそう、抑えてきた気持ちが
これまでデトロイト風に車に乗ってきたの
理由なんてないけど良さそうな気がしたから
私はあなた、あなたを振り向かせる

腕を
脚を
気まぐれを *
指を
そして想像力を使うの

だって私はあなたにわかってもらうんだもの
この世のどこにも
私に代わる存在は無いの
私は特別、かけがえのない人間なのよ
だからあなたのその目を少しでも私に向けてちょうだい

良いリズムが来たの、このビートを逃すわけにはいかない
新しい曲も、とってもReet **
何かがある気がしたから私はこうしてあなたにウインクしている
私はあなた、あなたを振り向かせる

腕を
脚を
気まぐれを
指を
そして想像力を使うの

だって私はあなたにわかってもらうんだもの
この世のどこにも
私に代わる存在は無いの
私は特別、かけがえのない人間なのよ
だからあなたのその目を少しでも私に向けてちょうだい

嗚呼

それなのにあなたは歩き去ってしまった

*sidestepの意味はいまいちわからず。障害を避けて歩横に寄るとかスキーの滑り方とか出ていたので比喩的に捉えて(方向を変えるというところから)「気まぐれ」にした。
**reetは調べてもわからなかったのでそのままにした。
ーーーーー

前後のコンテクスト、あとはPVとの関係から明らかに片思いの女性の想いという文脈があるので↑のように訳したんだけど、それ&主語の規制を取っ払うとサビは以下のような形にも解釈できて、私には馴染む。そしてこれに呼ばれたんじゃないかと思った。

ーーーーー
私は皆に知ってほしいの
この世のどこにも
自分に代えられるものは無いの
全ての人はそれぞれに特別、かけがえのない人間なのよ
だから話を聞いて、そのことを知ってほしいの
ーーーーー

人はそれぞれに特別。何が良い悪い、どちらが優れていて劣っている、そうではなく、たとえ今の世、今いる場所の主流でなかったとしてもそれぞれに個別の価値があり、他人に危害を加える等の場合を除いて尊重されるべきである。理不尽や暴力で不当な扱いをされたりする筋合いは無い。

自分を大切にして他人も大切にできる社会であれば息はできた。
自分(やそのお仲間)の欲求利益、目先のことにしか考えが及ばない「今ここ自分だけ」ノーガードの群れ、理性が欠落し論理が通用しない集団には何を言っても無駄。

他者の犠牲の上に自分の欲求を強行することは自分を大切にすることではない。
無計画、無謀でずさんな行為の積み重ねの結果が花粉症であり温暖化であり今年の熊害ではないか。無論、これらはほんの一例に過ぎない。

共生、思いやりの感覚と共に、中長期を捉えた上での根拠に基づいた妥当な行動が必要なのだ。しかしそんなことこの"ニッポン"、だけでなく新自由主義とポピュリズムが席巻する世界では何の意味もないことなのだろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?