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素敵な滋賀県小説:宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(毎日読書メモ(483))

するつもりのない残業をしてしまって、ちょっとヨレた気分の帰り道、本屋に入ったら宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)に呼ばれて持ち帰り。一緒に「本の雑誌」の目黒考二追悼号も買って帰り、半泣きで読んで、目黒さん生きていたらこの小説も絶賛したのではないかしらん、と思いつつ『成瀬は天下を取りにいく』を一気読み。

第20回「女による女のためのR-18文学賞」大賞、読者賞、友近賞トリプル受賞(この文学賞史上初の3冠)の「ありがとう西武大津店」と、その後「小説新潮」に掲載されたスピンオフ的「階段は走らない」、それに4編の書き下ろし「膳所ぜぜから来ました」「線がつながる」「レッツゴーミシガン」「ときめき江州音頭ごうしゅうおんど」をあわせて編まれた成瀬の物語。

主人公成瀬あかりの造形が素晴らしい。きわめて聡明で、何をさせても上手で、なのに、思考回路が独自で、憧れの存在とか人気者とかにはならない。他者の価値観に影響を受けることなく、ぶれずに自分の信じる道を進む。
そんな成瀬を、赤ん坊時代からの親友島崎みゆきの視点から描く。

西武大津店は、西武グループ創業者堤康次郎の出身地滋賀県に、県下初の百貨店として1976年に開業したが、2020年8月31日に惜しまれつつ閉店、現在は跡地にマンションが建っているらしい。
その閉店1ヶ月前、成瀬は島崎に宣言する。
「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」
中2の夏休み。新型コロナウィルスによる行動制限で、部活動なども限定されたかたちでしか行えず、成瀬は夏を西武大津店に捧げることにした、と。滋賀県ローカルテレビ局びわテレの夕方の番組「ぐるりんワイド」(西武大津店は本物だが、テレビ局名や番組名は架空だ)が毎日西武から中継をするので、それに写り込む。島崎はそれを可能な範囲で見届けてくれ、と頼まれ、西武ライオンズのユニフォームを着た成瀬の姿を確認する。
毎日テレビに映り込む成瀬だが、テレビ局は、成瀬には声をかけず(初日に声をかけそびれて、意地のように無視することになってしまった感じ)他の人にインタビューしているが、成瀬は意に介さず、西武のユニを着てテレビに映り続ける。島崎はTwitterのエゴサーチをしたり、時には西武に行って、成瀬が持っていた予備のユニを着て一緒にテレビに映ったりもする。テレビを見た人が西武のキャップとか、マスクとか、色々差し入れしてくれたりもするようになる。新聞にも取材される。
行動制限ありまくりの夏の、不思議な光景。そして夏の終わりに「転」があり、「結」がある。見事な構成。

この小説だけでも素晴らしかったのだが、成瀬と、その周囲の人たちの物語はどんどん拡張する。成瀬と島崎でM-1グランプリに挑戦したり、名門膳所高校(実在する、滋賀県屈指の進学校)でかるた班(膳所高校では部活のことを「班」というのだそうだ)に入っての活躍(かるた班に入ろうと決めて、春休みに『ちはやふる』を全巻読んだらしい)。スピンオフの「階段は走らない」で、もう一世代上のマサルと敬太が西武大津店の閉店をきっかけに長年連絡がとれなくなっていた小学校時代の同級生と再会する物語を語り、それが最終話で成瀬と島崎の友情に絡んでくる。
語れば語るほどネタバレになってしまうので、もう、読んでよ!、としか言えない。本の帯には「かつてなく 最高の主人公、現る!」と書かれ、柚木麻子、南沢奈央、瀧井朝世、村井理子、吉田大助、石田衣良、三浦しをん、辻村深月、友近、東村アキコ、Aマッソ・加納愛子、西川貴教の絶賛のメッセージがびっしり列記されている。

きっとみんな成瀬を好きになる。

小学校の卒業文集に書いた将来の夢は「二百歳まで生きる」で、そのために、余念なく準備している成瀬。わたしが200歳まで生きても、成瀬が200歳になるところを見られないのかと思うと残念だ。
成瀬の物語の続きも知りたいし、今作でデビューした作者がどんな物語を今後紡いでいくのかも、ずっと見ていたい。

余談:女による女のためのR-18文学賞って、R-18というくらいで昔はエロティックなテーマの作品を募集していたのだが(第1回読者賞の豊島ミホ『青空チェリー』とか、第8回大賞の窪美澄「ミクマリ」⦅のちに『ふがいない僕は空を見た』の第1話となる⦆などが印象に残っている)、第11回からは特に性的なテーマにこだわらず、作品募集をするようになっていたのね。「ありがとう西武大津店」には性的な要素は何もないが、とにかく素晴らしい勢いがある。

余談2:先月、友達と旧東海道を走るイベントで、滋賀県内の旧東海道をゆるゆる走り、大津市も通過した(大津を過ぎると東海道は緩い山越えとなり、京都の山科に辿り着く)。気持ちよく晴れて、桜も満開な時期に走ったので、それまで列車で通過する以外殆ど知らなかった滋賀県を愉しく踏みしめ、旧膳所城址を眺めたり、西武のあったにおの浜付近を通過したりして、まるで『成瀬は天下を取りにいく』を先取り体験したような日だったな、と振り返って思い出す。


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