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『キツネ潰し―誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』(毎日読書メモ(461))

エドワード・ブルック=ヒッチング『キツネ潰しー誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』(片山美佳子訳、日経ナショナルジオグラフィック)を読んだ。10月に新聞の書評欄で読んで(ここ)、面白そうだな、と思っていたのだが、年末に書評子(トミヤマユキコさん)が、今年の3冊、という欄で再度取り上げていらしたのに肩を押され、取り掛かる。
古代ギリシアから現代に至るまでの、さまざまな時代に、人々が思い付き、一時は熱狂的な流行となり(ならなかったものもある)、様々な要因で廃れ、忘れ去られた競技の数々を、ランダムに並べた(時系列にも地域別にもなってない)、大コラム集みたいな研究書。いや、参考文献とかは最低限の紹介となっているので、厳密には研究書ではないが、史実にあたって、様々なスポーツを紹介している。
その中には命を賭したものもあり(死亡例があまりに多くて禁止になったり)、今見ると動物虐待でしかない、様々な競技もある(禁止令が出ても、熱狂した人々に支持されていたり)。318ページの本に97種類の競技が紹介されている。よりどりみどり! そしてこれらを読んでいると、現在わたしたちが愛好しているスポーツの中にも将来的にすたれて、未来の書籍の中で、21世紀にはこんな競技があった、と紹介されてしまうものも出てくるのだろう、と思わざるを得ない。どのスポーツ?

まず、「キツネ潰し」というタイトルのインパクトがすごい。これは訳者の力だね。英語ではFOX TOSSINGとなっている。直訳すればキツネ投げ、だ。男女ペアになって、競技場の床に敷いた帯状の布の両端を持って待ち、競技場に放たれたキツネが布を踏んだ瞬間に勢いよく布を持ち上げ、キツネが宙を飛ぶのを眺めて喜ぶ、というものだったらしい。なんじゃそりゃ。16世紀から17世紀にかけて、ドイツで大流行したらしい。キツネ以外の動物もこの競技で投げられ、一つの大会で、キツネ687匹、ノウサギ533匹、アナグマ34匹、ヤマネコ21匹も殺された事例もあったとか。動物愛護団体が見たら卒倒ものだ(まだなかったんだろうか)。似たような動物虐待系のスポーツとして、リス落とし、クマいじめ、雄鶏潰し、猫入り樽たたき、ネズミ殺し、その他各種の狩りも色々紹介されている。
片足チームと片腕チームのクリケットとか(1796年に、負傷兵たちの中から片腕の男11名対片足の男11名が対決し、片足チームが勝利)、観衆が熱狂しすぎて暴動が起こるまでの騒ぎになったということだし、今聞くと、目をそむけたくなるような荒々しい、悪趣味な見世物に熱狂した人々の様子も色々と描かれている。
すべてのスポーツにではないが図版も付いていて、史実を視覚的にも確認できる。20世紀のものについては写真もあり、嘘八百じゃないんだ...と改めて驚いたりもする。

サッカーは昔は、町全体を会場として、ゴールとして指定された場所に二手に分かれた町の人々が押し寄せてボールを押し込む、何日にもわたって戦う無秩序な競技だったが、余りに収拾がつかないので少しずつルールが整備されて、今のようなグラウンドで決まった人数で規定された時間の中で対決するスポーツにと変容していったというのは、前に別の本で読んだことがあったが(この本でも言及がある)、様々な階級の人間が娯楽、気晴らしとして、様々な激しいスポーツに取り組んできた(暇つぶしの人もあったろうし、命がけの人もいたと思われる。依存症的な熱中もあったように見える)ことが、ランダムに並べられた、様々な時代のスポーツの事例を読んでいると、だんだん見えてくる。

今でもパンプローナの牛追いとか、諏訪大社の御柱祭りとか、ある意味命を賭したイベントに人は熱狂したりしているので、人間の本質の中にそうした激しさを求める部分は残っているのだろう。
古代の権力者が大きな競技場を設営して、そこで奴隷たちを闘わせたりした(創作だけれど小田雅久仁『残月記』にもそういう情景が描かれているし、映画「グラディエーター」とかはまんまそのもの)のもそういった人間の一面を拡張した情景だったと思う。
禁止令が出ても、無視して続けられた競技もあったし、戦乱など、そんなことやってられる状況じゃなくなったという理由ですたれたスポーツもある。頭で考えてルールを構築した競技がやってみたら全然面白くなくて、全く流行らなかった、というような事例もある。ひとつひとつの競技については2-3ページずつの紹介なので、詳細は分からなくても(というか、専門書を書けるほど資料の残っていないスポーツが多い)、まぁ本当に人は色んなことを考えて生きてきたのだなぁ、と笑ってしまう。

通読して笑ったり考えさせられたりしたが、この本に出てくるスポーツをネタにコラムを書いたら、結構何回でも使えそうな、そんな本でもあった。


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