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毎日読書メモ(96)『高瀬庄左衛門御留書』(砂原浩太朗)

2作目の小説で、直木賞、山本賞両方の有力候補となった、砂原浩太朗の『高瀬庄左衛門御留書』(講談社)を読んでみた。最初の章「おくれ毛」だけは「小説現代」に掲載し、以降は全部書き下ろし。

江戸時代の架空の小藩の下級武士が、藩内の陰謀に巻き込まれる話、と簡単にまとめちゃうと、なんだか、2ヶ月くらい前に読んだ山本周五郎『ながい坂』みたいなんである(わたしの感想)。まぁ、『高瀬庄左衛門御留書』は、僅か2年の物語が切り取られていて、阿部小三郎の子ども時代から大成するまでを描いた大河ドラマ的な『ながい坂』とは、立ち位置が違うし、主人公の年齢とか家族関係とか立場とかも勿論違う。しかし、高瀬庄左衛門の切ない半生を読んでいて、ついついこういう局面で阿部小三郎ならどうしていたかな?、とか思ってしまう。高瀬庄左衛門の人生は大きな諦念と共にあり、阿部小三郎(というか三浦主水正)の、出世欲とはちょっと違う、こうあらねばならない、という強い意思とはかなり違う。

でも、本質的な部分で、高瀬庄左衛門も諦めてはいない。仁義に厚く、通すべき筋はきちんと通している。妻に先立たれ、嫁を貰って父の仕事を継いで藩の郡方(藩の農政を管理する仕事)の本役についた息子が作品冒頭で事故死し、また自分が同じ仕事に復帰した庄左衛門、年齢は明記されていないが、全体の枯れた雰囲気はたぶん現代から見た誤解で、おそらく四十代? 担当の農村を視察して庄屋と折衝する仕事はそれなりに体力がいるが、仕事は辛いかと問われると、どんな仕事だって辛いもので、自分だけが辛い訳ではない、と応える。

物語の本筋は、庄左衛門と、息子の妻志穂との交流。余暇に絵を描いてきた庄左衛門に絵を習う志穂。亡き息子の仮想敵だったが、志穂の弟が巻き込まれたトラブルで助太刀したことをきっかけに親しくなる立花弦之助。庄左衛門の一人称的視点から、藩が巻き込まれた騒動、その解決、庄左衛門が受けた沙汰、その他の処分と藩政の展開、というように話は進む。ラスト直前で、大きな因果についても説明される。

枯れた感じだけど、考えてみたら自分より年下じゃん、という庄左衛門について、まだまだ可能性はあるよね、というのと、そうした下級武士の言動も参考に取り沙汰出来る、風通しのいい藩政は、きっとこの藩の将来をよいものとするであろうという期待とともに読了。

高瀬家の小者だった余語平、余語平が去った後、庄左衛門の助けとなる半次、志穂の弟たち、弦之助の家族なども、魅力的な造形。庄左衛門の出自と、若い時の交流からの因果など、緻密な人間関係の構築も、物語に深みを与えている。庄左衛門の志穂の将来を思う気持ちと、志穂本人の気持ちの交錯が、じれったくて泣ける。

山本賞も直木賞も佐藤究『テスカトリポカ』にさらわれてしまった感じだが、今後堅実に作品を発表し続ければ、必ずきちんとしたポジションを得られる作家になると思う。期待している。


#読書 #読書感想文 #高瀬庄左衛門御留書 #砂原浩太朗 #講談社

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