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津村記久子『この世にたやすい仕事はない』(毎日読書メモ(463))

津村記久子の書く、お仕事小説が好きだ。伊井直行が提唱した「会社員小説」というジャンルがあって、伊井直行の会社員小説もすごくいいのだが、津村記久子も負けてない位いい。『アレグリアとは仕事は出来ない』(感想ここ)とか、とてもよかった。
津村記久子『この世にたやすい仕事はない』(日本経済新聞出版社、現在は新潮文庫)は、読み損ねていたら、その間にテレビドラマとかにもなっていたらしい。2014年から2015年にかけて、日本経済新聞電子版に連載されていた小説。
5つの仕事が出てくる。「みはりのしごと」、「バスのアナウンスのしごと」、「おかきの袋のしごと」、「路地を訪ねるしごと」、「大きな森の小屋での簡単なしごと」、どうだ、どれも題名みただけではどんな仕事かわかるまい。
最初のみはりのしごと、はいきなり仕事の詳細の説明から始まって、主人公が何故そのみはりのしごとをしているのかは、説明されない。与えられたみはりのミッションを達成して、それなりの遣り甲斐は感じたが「契約更新はしないでおこうと思う」と、次の仕事に移って、そこでようやく主人公のバックグラウンドが語られる。学校を出て10年以上従事していた仕事を、色々な辛さで続けられなくなって辞めて、職安の相談員さんに「コラーゲンの抽出を見張るような仕事希望」と伝えて紹介されたのが、みはりの仕事だった。みはりに疲れて次に紹介されたのがバスの中で流すアナウンスの文案を作って、社員の人にアナウンスを頼んで録音する仕事。色んな不思議な仕事がある! そして楽しそうだったが、プロジェクトが一段落して社内の別の仕事を紹介されそうになったところで、また別の会社に移ることに。
それがおかきの袋の裏に書かれているミニ知識のコラムみたいのを考案し文案をつくる仕事。これも面白そうだ…商品イメージと社内プレゼンで決まるミニ知識の考案、アピール。職場の人とお昼を食べたときに聞いた悩み相談がおかきの袋のミニ知識のヒントになったり、お仕事小説として実に興味深い。しかし、その知識から派生した人間関係が辛くなって、契約更新しないことに。色々難しい。
次の路地を訪ねる仕事は、なんだか不思議で、ちょっと怖い。路地の壁面にポスターを貼ってもらっていて、その貼り替えに行って、自分のところのポスターを増やしてくれないか交渉したり、そのポスター、あるいは他団体が貼りに来ているポスターについて聞き取りをしたり。主人公は営業的な仕事にも才覚をあらわすじゃん!、と感心したり。ポスターの貼り合い合戦は結構きなくさく、逆に、いかにもありそう、というリアリティが。ひそかな対決と、その結末が出たところで、仕事自体が消滅し、主人公はまた失業。
最後に出てくるのは、大きな公園の、人があまり来ない森の中の小屋での仕事。便宜的に与えられたみたいな簡単なお仕事をしながら、森の周囲を探索し、道筋をつけたり、周囲の様子を観察したりする。公園の近くに本拠地を持つサッカーチームの外国人選手の去就が、公園の仕事に絡み、そこから出たひらめきで、人助けをする。不思議な仕事だったが、それなりになじみかけたところで、縁が循環する。「信じた仕事から逃げ出したくなって、道からずり落ちてしまうことがあるのかもしれない」(p.345)という心境に達したことで、主人公は元々やっていた仕事に戻る時が来たのかもしれない、と悟る。
色々なたやすくない仕事を経めぐり、自分の原点に戻る。その気づきのようなものが、ささやかでいとしい。それぞれの職場で出会った人も素敵だったし、職安の正門さんとのやりとりにも心温まるものが。キャリアのブランクではない、職安の日々を送ったことで、彼女はもっともっといい仕事をすることが出来るようになるだろう。
仕事に対して前向きになれない日に、人を力づけてくれる小説。

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