#1 習慣の力【ドイツで高校生してみた】

 私は高校2年の夏から約10か月間、ドイツ南部でホームステイをしながら、現地の高校に留学をしていた。

 留学する前にほとんどドイツ語を勉強せずに出発した私。驚くべきは、出発前に知っていたドイツ語が「こんにちは」「私の名前は○○です」「水」の3つだけだったということ。今思えばなかなかの度胸だったと振り返るが、当時から英語に自信があった私はそこまで怖気づくこともなく、英語ができるドイツ人がほとんどだったのも幸いし、はじめのうちはコミュニケーションにはそこまで困らなかった。

 しかし、そろそろドイツ語で会話できないとだめだ、という限界を感じ始める。
 ホームステイ先のホストマザーは、生物学者さんだったことも相まってか、非常に物事をはっきりと言う人だった。典型的な「自己主張の国・ドイツの女性」という感じ。彼女とは英語を交えながら、学校がある日はよく夜まで話をしていた。毎日話しているから、私の言わんとすることを予想でき、汲み取ってくれるので、会話が成立していた、と思っていた。
 ある日、なかなかドイツ語が上達しない私を、彼女はこう一蹴した。

「あなたがもし英語すらできなかったら、どうやって私たちはあなたとコミュニケーションをとっていけばいいの?もっとドイツ語のできる留学生を望んでいたわ」

あまりにも直球だったので、動揺を隠すなど不可能だった。自己主張の国・ドイツ。その洗礼は、留学が始まって3ヶ月も経たないうちにやってきたのだった。

 そんなコンプレックスを抱えつつ迎えた12月。12月のドイツは、クリスマスムード真っ盛りであった。町ごとに趣向を凝らしたクリスマスマーケット(ドイツ語でWeinachtsmarkt=ヴァイナハツマルクト)が12月初旬から毎日開催され、いつもの質素な雰囲気の町が一変する。
 マーケットには、Gluewein(グリューヴァイン=可愛いマグカップに入ったホットワイン)や Wurst mit Brötchen(極太ソーセージをライ麦パンに挟んだもの。めっちゃ旨い)、インスタ映え必至のクッキー、ベルギーワッフルや、フランス風のクレープ(日本と違って中に何も挟まない。生地がもちもちで美味しい)、甘栗の出店が軒を連ねる。現地の人たちは、ホットワインや特産のビールを飲みながら、12月の週末に夜まで世間話をするという習慣があり、私もソーセージパンを頬張りながらマーケット広場にいることが多かった。

 そんなある日、広場で知らないおばさんに話しかけられる。
「見ない顔だねえ、どこから来たの」
「日本です」
「へえ~そんな遠いとこから。どこの学校に行ってるの」
「隣の町の高校です」
「なんでまたこの小さい町に留学を?」
「えっと、ずっと留学に行ってみたくて、」……
質問攻めにされる私は、ある変化に気づく。

『あれ、初対面の人とドイツ語で話ができてる。』

今まではホストマザーの力を借りてやっとだったのが、初対面のおばさんの言っていることがしっかりとわかるし、まだまだ拙いけれどしっかりと返答はできている。
明らかな成長に気づいた。
同時に、机上で参考書とにらめっこするよりも、毎日無理やりでもいいから少しでもドイツ語を使う習慣がこの成長に一役買った、とホストマザーに感謝せずにはいられなかった。

この日をきっかけに、私のドイツ語の成長は軌道に乗っていったのだ。

そして、今後さらに高い壁が待ち受けている、ということは当時知る由もなかった。

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