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俳優・小沢道成。生息場所は、ホームセンター

6月18日。『夢ぞろぞろ』の稽古開始まで2週間を切ったその日、小沢道成に呼び出されて、僕はある場所に向かった。

からりと晴れ上がった青空の下、彼が待ち合わせ場所に指定したのは、駅から歩いてすぐそばにあるホームセンターだった。

普通、俳優はこんなところに用はない。どこかしらの施設を稽古場として借りて、そこと自宅を往復するのが公演前の俳優の日常だ。

けれど、小沢道成は違う。なぜなら、EPOCH MANにおける小沢道成は、作・演出・出演だけでなく、その他の制作業務や美術プランもすべて自分でこなすからだ。

たとえば、上の写真は前作『Brand new OZAWA mermaid!』の一場面。暗闇の中に浮かぶ海の生き物たちは、通常の明かりのときは見えない。黒い紙を魚の形に切り取ってゼラ(照明用のカラーフィルターのこと)で覆い、そこにライトを当てると突然魔法のように海の生き物たちが浮かび上がるという仕組みだ。小沢道成のつくる美術にはいつもこんな面白い仕掛けが散りばめられている。

今日は、『夢ぞろぞろ』の舞台美術に必要な材料の買い出しに、彼はホームセンターへやってきた。

到着するなり向かったのは、木材売り場だ。

『夢ぞろぞろ』の舞台は、売店。その売店をつくるための木材やパネル、塗料を調達するのが今日の目的だ。

小沢道成は、いかにも手慣れた様子で鞄からメジャーを取り出し、陳列されている木板のサイズを測りはじめた。

誤解がないように説明しておきたいのだけれど、こうした資材調達は決して俳優の仕事ではない。舞台づくりには、美術というセクションがあり、専門スタッフが演出のオーダーを踏まえた上で、その作品にふさわしい舞台美術を企画製作する。

だが、EPOCH MANは勝手が違う。EPOCH MANは、小沢道成の脳内を具現化するためのプロジェクトだ。特に彼の場合、舞台美術から物語が生まれることも多いという。だから、彼自身がプランを練り、自分の手で製作する。立ち上げ当初から変わらない、小沢道成のこだわりのひとつだ。

板一枚を選ぶのも、じっくり吟味する。基準は見た目の良さ、だけじゃない。小劇場の世界は決して予算が潤沢にはない。実質的な自主企画であるEPOCH MANは尚更のこと。1000円で見た目はそれなりのものと、見た目はいいけれど2000円するもの。どちらをとるか。たった1000円の差かもしれない。でも、それが積もり積もれば大きな差になる。そう簡単に無駄遣いはできない。

EPOCH MANは、予算管理もすべて小沢道成が取り仕切っている。一般的な劇団公演で言えば、制作と呼ばれるスタッフが予算を組む。演出家が採算を度外視したアイデアに走れば、一旦ストップをかけるのも制作の役目だ。だが、制作業務も自分でこなすEPOCH MANには、小沢を諫めてくれる人はいない。ボンドひとつ買うのにも、これは本当に適切な支出か、自分でジャッジしなければいけない。

予算か、品質か。木板をじっと見つめる小沢道成の顔は、アーティストとビジネスマンの間で揺れていた。

出来る限りオール手づくり。そんなところもEPOCH MANの特殊性のひとつだ。


■気遣い屋だけど、図々しい。つい手を貸したくなる小沢道成の不思議なチカラ

専任の美術家に発注しないもうひとつの理由を「僕はコミュニケーションがあまり得意じゃないから」と小沢は説明する。相手からのプランに対して「もっとこうしてほしい」と思っても、それをいちいちお願いするのを遠慮してしまうという。人一倍気遣い屋の小沢らしい話だった。

でも、そんな頼り下手の一方で、小沢道成はするりと人の懐に入り込んでしまうような屈託のなさも持ち合わせている。

この日も、そうだった。必要なパネルは、ひとりで運ぶには持て余すほどの大きさだ。最初の数枚こそ自分で陳列棚から引っ張り出していたけれど、気づいたら小沢は近くのスタッフに声をかけ、作業を手伝ってもらっていた。

そして、それだけで終わらないのが小沢道成らしさだ。ニコニコと明るい顔をした小沢は、あっという間に店員と仲良くなり、その他に必要な資材について細かいアドバイスを受けはじめた。

しかも、それが全然いやらしくないところが、傍から見ていて面白い。気まぐれな猫みたいだ。膝の上にひょいと乗り、愛らしい鳴き声をあげる。

要は、巻き込み上手なのだ。普段は気疲れしないか心配になるぐらい人に気を遣うのに、ここぞというときは大胆なぐらいあつかましい。それなのに、周りもつい力を貸してしまうのは、彼の持つ愛嬌のなせるワザ。その図々しさに苦笑しつつ、「仕方ないな」とひと肌脱ぎたくなるチャーミングさが、「コミュニケーションはあまり得意じゃない」と自認する小沢道成をとびきりの巻き込み上手にしているのだと思う。

お礼を言って、お世話になった店員と別れた小沢は「当日パンフのSpecial Thanksにあの人の名前を書いておこうっと」と頬を綻ばせた。そんなちょっとしたところに感謝の気持ちを忘れないのも彼らしいな、と僕は思った。


■「本来やらなくてもいいこと」をやるのは、それが楽しいから

小沢道成は今日のようにはっきりとした目的がない日でも、よくホームセンターにやってくるという。ホームセンターにはいろんなものが売っている。それらをあてどなくふらふらと見ていると、不意に演出や美術のアイデアが思い浮かぶのだ。たとえば金網。あるいは野球ネット。どれも一見すると何の変哲もないものばかり。

でもそれを舞台で使ったら、何か面白い仕掛けができるんじゃないか。その閃きがもとになって、ストーリーが生まれたこともある。ホームセンターは、彼にとってアイデアの宝庫であり、貴重な生息スポットなのだ。

旗揚げしたばかりの学生劇団ならいざ知らず、駅前劇場で公演を打つ規模で、こんなふうに主宰兼俳優が自らホームセンターで材料の買い出しをしている例を僕は知らない。

自分のやりたいことをカタチにするために、いちばん地味なところからちゃんと自分で手を動かす。その姿勢は、確実に小沢道成のオリジナリティを形成している。

けれど、それは必ずしもプラスのことばかりではない。見方を返れば、こうした作業時間は、彼の俳優としての時間を奪っていることになる。この時間を使って、彼と同じポジションにいる他の俳優は、レッスンに通ったり、オーディションを受けたりしている。彼の今やっていることは、俳優という目線で見れば「本来やらなくてもいいこと」であり、チャンスロスなのだ。

でも、彼はそれを承知でやる。なぜかーー昔はもっと売れている同世代のことが気になっていたけれど。そう前置きした上で、きっぱりと言い切った。今は自分が楽しいと思うことをやりたい、と。

将来が保障されている道ではない。そんなこと、頭からわかった上で、この世界に飛び込んだ。これをやったら必ず売れる、という最短ルートは残念ながらどの地図にも載っていない。だったら、自分の心の風が吹く方向へ帆を掲げよう。

どう見ても非合理的だし、まったくもって俳優という枠組みにおさまっていないけれど、それが小沢道成のやり方なのだろう。

この日のお会計は70,139円。当然、この金額も小沢道成が自分の財布でやりくりしている。支払いをすませた小沢道成はすかっとしたような清々しい顔をしていた。

「セレブ買いじゃないけど、7万円のお金を一気に払うことって、そうないじゃないですか。だから気持ちいいなって」

おかしそうに笑って、彼はホームセンターを後にした。たくましい人だ。もし僕なら、絶対に「この7万円を取り返すにはチケットを何枚売って…」とあれこれ試算してお腹が痛くなってしまう。

だけど、小沢道成にはそういう悲壮感がまるでない。呆気にとられる僕を尻目に、歌うような足取りで彼は前へ進んでいった。

■小沢道成 Twitter:@MichinariOzawa
■EPOCH MAN ホームページ:http://epochman.com/index.html/
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<文責>
横川良明(@fudge_2002

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