34歳・小劇場俳優の挑戦~たったひとりで800人を集めるまで~

俳優・小沢道成が、自ら主宰するEPOCH MAN 新春ひとり芝居「鶴かもしれない20…

34歳・小劇場俳優の挑戦~たったひとりで800人を集めるまで~

俳優・小沢道成が、自ら主宰するEPOCH MAN 新春ひとり芝居「鶴かもしれない2020」を成功させるまでの166日間を、ライター・横川良明の視点で綴った演劇ドキュメンタリー。

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たったひとりで800人の観客を集める。ある俳優の勝算の見えない挑戦を追いかけようと決めた理由

「駅前劇場でひとり芝居を打つことになった」 彼ーー俳優・小沢道成からその話を聞いたのは、梅雨入りして間もないある夜のことだった。下北沢の雑居ビルの3階に構えたカフェバーで、小沢道成は面白い遊びを思いついた子どもみたいな顔でそう切り出した。 駅前劇場とは、小劇場の聖地・下北沢を代表する劇場のひとつだ。客席数は、優に100を超える。新進気鋭の若手劇団の憧れの地として長く親しまれ、この駅前劇場での公演をロイター板にして、夢の本多劇場へとジャンプアップしていった劇団も多い。 だ

    • 903の、ありがとうございました

      『鶴かもしれない2020』が千秋楽を迎えて、もう2週間が経ちました。 日常というのは本当に色気もへったくれもなくて。あんなにお祭りみたいな日々も過ぎればあっという間にいつもの日常に押し流されて、僕たちはその波に溺れないようにするのでいっぱいいっぱい。あの駅前劇場という限られた空間の中で目撃した「秘め事」もたちまちに過去へと追いやられてしまう。あっけないものです、演劇なんて。終われば、何も残らない。 だけど、だから好きなんだろうな、とも思います。ずっと続くお祭りは、つまらな

      • 明日、いよいよ『鶴かもしれない2020』の幕が上がる

        ついに明日から『鶴かもしれない2020』が始まる。 期間にして、たった5日。でもこのたった5日のために、小沢道成は持てる時間をすべて注いできた。その成果が、この5日間で証明される。 *      *      * 1月7日に劇場入り。そして8日にはスタッフワークに関する入念な確認が行われた。僕が劇場を訪ねたのは8日の午後。駅前劇場の扉を開けると、真っ暗な客席で今まさに小沢がスタッフと照明の確認をしていた。 最初に驚いたのが、舞台美術だった。もうすでに稽古場で何度も見て

        • 『鶴かもしれない2020』通し稽古レポート

          いよいよ明後日。『鶴かもしれない2020』の幕が開く。 たったひとりで800人を集める。駅前劇場への小沢道成の挑戦が、どんな結末を迎えるのか。その審判のときが近づいてきた。 そんな中で今日お届けするのは、昨年の12月27日、稽古納めの日に行われた通し稽古の模様について。そこには、2016年の再演が終わったその日から1433日かけて小沢道成が培ってきたものが、確かに息づいていた。 *      *      * 通し稽古の開始は、14時30分から。僕は細々と片づけなけれ

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        たったひとりで800人の観客を集める。ある俳優の勝算の見えない挑戦を追いかけようと決めた理由

          『鶴かもしれない2020』その音楽について

          『鶴かもしれない2020』の見どころを挙げる上で欠かせないのが、音楽だ。これまでも悪い芝居の岡田太郎とタッグを組み、音楽の力を使って作品をより強く印象づけていたけれど、3度目の上演となる今回はまたひと味違う。 まず大きな変更点として、今回は、小沢道成自らが歌う場面が途中に挟まれている。 女が愛した男は、売れないミュージシャン。彼がつくった楽曲を、女が歌唱する場面が新たに追加された。詳細は見てのお楽しみにしておきたいのだけれど、これがすごくいいのだ。タイトルも歌詞も全然ハッ

          芝居は、ひとり。稽古は、ふたり。

          今さらだけど、『鶴かもしれない2020』はひとり芝居だ。主な登場人物は、ふたり。女と、男だ。女は男を愛し、男の部屋に転がり込む。男はそれを受け入れ、女の中に安らぎと幸せを見出していく。 それを、小沢道成は3台のラジカセを使いながら、ひとりで演じ分けていく。そこで重要になってくるのが、目線の動きだ。目線が動くことで、その先にいる見えないもうひとりの登場人物との位置関係が明確になる。舞台上では「ひとり」のはずが、ちゃんと「ふたり」に見えてくる。 これを嘘なく成立させるため、小

          『鶴かもしれない2020』舞台美術ができるまで

          11月中旬、いよいよ小沢道成から稽古場に入った、と連絡が来た。1月の本番に向け、ついに『鶴かもしれない2020』が本格始動したのだ。 早速、稽古場を訪ねると、広い稽古場に小沢道成がひとり。テーブルには、今回の舞台美術の模型が置かれていた。 今回も、まずは美術の製作からスタート。今日はそのための準備だ。運送業者から送られてきた資材を受け取り……。 いつものように近くのホームセンターに買い出しへ。慣れた様子で次々と備品を調達していく。 木材に関しては、あらかじめ必要な長さ

          『鶴かもしれない2020』舞台美術ができるまで

          小沢道成は朝8時に起きると、まずはメールをチェックする。

          最近、手紙を書いたことはありますか。 まるでピンとこなければ、小包でもいい。何かを郵送した記憶はありますか。 正直、僕は毎月の請求書ぐらいしか思い当たることがない。というか、毎月の請求書ですら、いちいち封筒に入れて切手を貼ってポストに投函するのが面倒で、平気で発送が2〜3ヶ月遅れることもあるし、すべての請求関連は全部webですませてほしい、とすら思っている。 このインターネット時代に、郵送作業なんて地獄的に面倒くさい。 だから、僕は小沢道成がチケットの発送を全部ひとり

          小沢道成は朝8時に起きると、まずはメールをチェックする。

          チケットは、ただの紙切れじゃない。

          『鶴かもしれない2020』の初日までいよいよあと1ヶ月となった。 たったひとりで800人を集める。その無謀なチャレンジに向けて、俳優・小沢道成は今この瞬間も、たったひとりで、コツコツと作品づくりに取り組んでいる。 このnoteでは、ここから1ヶ月かけて、その足跡を追いかけていく。 *      *      * そもそもいち観客の視点で見ると、舞台制作の裏側は謎だらけだ。私たちが目にするのは、本番期間中のステージ上の華やかな姿だけ。その裏側で、具体的にどんなことをして

          俳優・小沢道成、ペンキとボンドにまみれる

          6月27日。ホームセンターでの買い出しから10日後、僕は小沢道成の稽古場を訪れた。 稽古場の扉を開けると、床には一面ブルーシート。さらに壁際にはまるでどこかの作業場のように工具が山積みになっていた。 それもそのはず。この日は、『夢ぞろぞろ』に向けた美術製作の日。前回買い揃えた木材やパネルを組み立て、舞台となる売店が稽古場ではつくられていた。 すでにフォルムそのものは出来上がっていた。 中を覗くと、こんな感じ。走り書きのメモが、いかにもセットの裏側という雰囲気でちょっと

          俳優・小沢道成、ペンキとボンドにまみれる

          俳優・小沢道成。生息場所は、ホームセンター

          6月18日。『夢ぞろぞろ』の稽古開始まで2週間を切ったその日、小沢道成に呼び出されて、僕はある場所に向かった。 からりと晴れ上がった青空の下、彼が待ち合わせ場所に指定したのは、駅から歩いてすぐそばにあるホームセンターだった。 普通、俳優はこんなところに用はない。どこかしらの施設を稽古場として借りて、そこと自宅を往復するのが公演前の俳優の日常だ。 けれど、小沢道成は違う。なぜなら、EPOCH MANにおける小沢道成は、作・演出・出演だけでなく、その他の制作業務や美術プラン

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