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“ホンヨミ”と言う名の妖怪

あら?
今、目が合いましたね。
もしかして、私のこと見えてますか?
そうそう、あなたです。
大丈夫です。私は何も悪さをしません。
私は“ホンヨミ”と言います。
妖怪とか精霊とかそんな類だと思っていただいて構いません。
え?
何もしないのに何しているの?
ですよね。
お前何のために存在してるんだって話になりますよね。
私が今傍にいるこの人何しているかわかります?

そう、本を読んでいるんです。
この人が今読んでいるのは料理の本です。
料理の本を拡げながら、
「今週のメニューは何にしようかな」
「サツマイモが旬だからサツマイモをメニューにしたいな」
なんてことを考えていたりするんですよ。
あ、これはここだけの話にしておいてくださいね。
今あなたが突然
「僕はサツマイモご飯が食べたいですね」
なんて急に話しかけたら、それはもう現代でいうところの不審者扱いされてしまいますから。
そうそう、真向かいに座っているあのご婦人。
あの方の傍にも同じく私と同じ“ホンヨミ”がいるでしょう?
旅行にでも行かれるのでしょうか?
旅の本を嬉しそうにめくっていますよね。
あと真向かいにいる、スーツを着た若々しい青年がいますね。
面接?とうものを私はよく知らないのですが、付箋を引いたり印をつけていたり、物凄く読み込んでいるのがこちらにも伝わってきます。
彼の傍にいる“ホンヨミ”はなんだか心なしか
「頑張れ!」
と応援しているように見えます。
私たちホンヨミは、読んでいる人が考えたり想像したりするのを一緒に共有するのが好きなんです。
あと新しい知識や発見に出会って活き活きとされる時なんかはこちらまでワクワクします。
これはあくまでも私の意見なんですが、その人によっていろんな読み方があるんですよね。
実は私これを傍で見ているのも好きなんです。
え?
変態チックだなんて言わないでください。
試しに今私が傍にいるこの女性の本の読み方、少し覗きませんか?
私とあなただけの秘密ですよ。
では、私の腰についている袋を一緒に覗いていただけませんか?
そうそう、それです。
いろんな色があるでしょう。
ビー玉みたい、ですか。
なるほどそんな風にも見えるんですね。
実はこの玉一つ一つに私と本を読んだ時の思い出が詰まっているんですよ。
まずはこの玉から見てみましょうか。

この方は小さくて文字がまだうまく読めない頃から、寝る前にお母さんに本を読んでもらえる時間が大好きでした。
夜だから暗いんですけど、ほんのりろうそくの火のようなランプを付けて。
お布団の中で妹たちと一緒に眠くなるまでお母さんが聞かせてくれる。
そんなお話の時間はとても心地いい時間だったんです。
幼稚園で先生が絵本を開きながらしてくれるお話の時間も大好きでした。
特に彼女が好きだったのが遠い海の国の向こうの冒険の話や、見たこともない生き物の話、住んでいる日本と言う国の昔のお話。
頭の中で色々想像しては冒険したり、竜に乗ったりということを楽しんでいたようです。

では次にこの黄色い玉を手に取ってみましょう。
小学校というところに通い小学生になると、文字の勉強が始まり自分で本を読むことができるようになってきました。
教科書と言われるみんなで共通の本を読むようになったようです。
この頃から図書室と言われる本がたくさんある部屋にも行くようになり、大好きなおじいちゃんに連れられて本屋さんに行くのをとても楽しみにしていました。
自分で読めるようになると、今度は妹たちから
「本を読んで」
とせがまれることも増えました。
少々自分で創作してとんでもないお話を作り、慌てたお母さんが止めに来たなんてこともあったようです。
これは子供によくあるのかもしれませんね。
今まで人から聞いていたお話を自分で読むことが出来る。
自分で読んで、自分の頭の中で色々思い、考える。
この時間はとても心地の良い、特別な時間だったようです。
学校に行きながら読んで怒られたり、夜遅くまで読んだりと時間を忘れるぐらい読んでいました。
私もお傍にいてとても楽しかったです。

成長していくにつれて、読む本は変わってきました。
読むことが出来る文字もたくさん増えましたし、いろんなことを学ぶようになったからでしょうか。
そして漫画と言ったものをだんだんと読むようになりました。
仲のいいお友達と一緒に読んだり、そのお話で盛り上がったり、お気に入りの絵があればその絵を描いたりして楽しんでいたようですよ。
ぱっとしないドジな主人公がある日突然魔法を使えるようになったり、男子顔負けに戦う女子の話だったり、あるいは見たこともない便利な道具がどんどん出てきたり。
まるで自分もそこにいるかのような、ワクワクしたりハラハラしたり、時にはうるうるとしたり自分もその世界にいるような感覚。
この橙色の球はそんな思い出がたくさん詰まっています。

ですが私と一緒にいる時間は昔に比べると少し減ってしまいました。
ゲームだとか、友達と遊ぶだとか、習い事と言われるものなどの本を読むこと以外の楽しみを見つけられたからです。
成長されるのは嬉しかった半面、どこか寂しかったのはここだけの話です。

この桜色の玉ですか?
ふふふ。
これは少し不純な理由かもしれませんが、いわゆる恋愛と呼ばれるものですね。
大好きになった人が読んだ本を読み、本と言う共通の話題で盛り上がりたいという理由で本を読んだりしていたんです。
自分が興味のない本でも、好きな人が読んだ本だからと少し頑張って読んだりもされていました。
また恋や愛がテーマの本や漫画を読むことが増えて、
「自分もこんな恋愛がしたい」
「こんなデートがしたい」
なんてうっとりされながら読まれていたので、私もつられてうっとりしていたのを覚えています。

所々にある白い玉は自分を鍛えるために読んでいた本ですね。
この当時はバレーボールと言う球技をされていました。
どうやったら技術が伸びるのか、どんなトレーニングをしたら効果的なのか。
一流の選手たちはどんな風に過ごしているのか。
バレーボールのことが書かれていた本を手にとっては、本を傍において練習したり、トレーニングしたりと汗を流されていましたね。
私はじっと見守るだけでしたが、どこかとても楽しそうにされていたのが印象的でした。

この緑の玉は、いわゆる参考書と言われるものです。
人間の社会ではどうしても、社会に出て働かなければなりません。
自分がやりたいことをして社会で働くために、それは必死に勉強されていました。
何回も口に出して読んだり、線を引いたり、自分で書き込んだりとかもされていましたね。
いわゆる汗と涙の決勝なのかもしれません。
試験と呼ばれる試練の前には、教科書だけではなくこの参考書も活用されていました。
何回もめくり、手汗なんかでよれよれになったり、この本を拡げたまま顔を突っ伏して寝てしまったりなんてこともあったのでボロボロになっていることが多かったです。
ただ私にはそれは立派な勲章のように見えました。

そしてこの紫色の玉。
これまで自分のために読むことが多かった本は社会と呼ばれるものに出ると、他人のためや仲間との働き方のために読むことが増えてきました。
また結婚されて家庭を持つようになると、料理や健康、育児と言った家族のために読むことが増えていきました。
なぜ紫色なのかって?
不思議ですよね。
実はこの時すごく特別な読み方をされていたんですよ。
夜、1日の仕事を終えて眠くなるまでお気に入りのラベンダーの香りを焚きながら布団の中で読まれていたんです。
雑誌と呼ばれるものや、漫画を自分のために読むこともありました。
それは1日頑張った自分の至福の時間。
私もお傍にいてとてもほっこりとさせて頂きました。

そして、この玉。今までの玉に比べると少し澱んだ色をしています。
実はこの時、本との付き合い方にとても悩んでおられたんです。
家族が増え、子供さんも絵本を読むようになったのですがどうもうまく行きません。
この方は文章を最後まで読んでから次のページに進もうとされていたのですが、子供さんは問答無用でめくっていきます。
まだ読めていないからと戻ろうとすると泣いて怒られます。
いつしか子供さんと本を読むのを避けるようになってしまわれました。
そしてこの頃、新しい学びを始めることになります。
それに伴って読むことが必須という本も増えてきたのですがどうも頭に入りません。
本を高速で読む技術というのも色々試そうとされましたが、うまくできなかったようです。
やることにも追われて自分の読書の時間と言うのもなかなか取れず、もがいておられました。
ところがですね、急激に本を読む量が増えまして。
それはもう、毎日たくさん本を読まれているので私の腰の巾着もパンパンでもう一つ増やそうかなと考えています。

え?
どうしてそうなったのかって、気になりますか?

一番大きかったのは、本の読み方と言うものを学んだということだと傍にいて思います。
ある日絵本の読み聞かせ会というのに参加することになりました。
最後に質問をする機会があり、思い切って聞いてみたんです。
自分の読ませ方がうまくないから子供が聞かないのではないかと。
そんなことはなかったんです。
まだ文字の読めない子供は本の文章ではなく、絵を見て読んでいる。
それよりもお母さんであれお父さんであれ、本を一緒に読むという特別な時間を楽しんでいるということを教えられました。
かつての自分が過ごした、お母さんとの心地良いお話の時間だったように。
そこから子供さんとの絵本を読む時間はとても大切にされるようになりました。
最後まで読まず、めくられても楽しい時間であればそれで良い。
そう思えるようになったのです。

またこの頃、とある本屋さんで本の読み方を学ばれました。
なんでも年に何百冊も読まれる方が実践されている読み方だそうです。
この読み方はとてもしっくり来たようです。
これをきっかけにいろんな本を読まれるようになりました。
改めて自分は本が好きなんだということにも気が付かれました。
今とても活き活きされていて、私もお傍にいて毎日楽しいです。
虹色の玉が多いでしょう。
これは最近特に増えています。
とにかく読むのが楽しくて仕方ないようです。
よく見るとあの澱んだ色の玉も透かして見ると虹色に見える部分もあるんです。
きっとあの経験があったからこそ今があるんでしょうね。

大勢の中で読むのが好きだという人もいれば、一人で読むのが好きな人もいます。
賑やかなところで読むのが好きだという人もいれば、静かなところで読みたいという人もいます。
物凄い速さでざっと読みたいとか、じっくり読みたいとか、あるいは今流行の耳で聴くのがいいというのもあります。
人間一人一人違います。
まるっきり同じ方はいらっしゃらないと思います。
私たち“ホンヨミ”も姿はみんな違うんです。
真向かいにいる“ホンヨミ”と私も違うでしょう?
それと同じで本の読み方も人それぞれなんですよ。

今までたくさんの色の玉を見てきましたが、いかがでしたか?
その時々によって本との関わり方は色々でした。
本1冊1冊との関わり方それぞれに色があり、思い出があります。
それはこの袋に入った玉のように、着実に実となって今の自分を作っているのです。
ほら、あなたの傍にも“ホンヨミ”がいるのわかりますか?
私たち“ホンヨミ”はあなたと一緒に本を読むのが大好きです。
ぜひ、一緒に読みませんか?

あとがき
今月から天狼院書店さんのライターズ倶楽部に加入しております。
この週のテーマは「自分だけの本の読み方」です。
残念ながら掲載は見送りとなりましたが、本の読み方は人それぞれだしそれを妖怪目線で語ってみようと思って書いたものです。
時々本を読んでいると自分だけじゃないというか、誰か傍にいるような。
でもそれは怖いものではない。
そんなイメージでホンヨミという架空の妖怪を作ってみました。
秋はスポーツの秋、食欲の秋、読書の秋です。
ぜひ秋の夜長に読書を楽しんでみませんか。
きっとあなたの傍にいるホンヨミもそわそわしながら待っていますよ。

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