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超無名屋のひとりごと。

無名な内はエッセイなど見向きもされない。
エッセイを書くなら有名になってから。

というそんな昭和じみた、宇宙から見放されたようなことを綴ったネット記事を、偶然にも目にしてしまった。

そこで、一言ひとりごとを申させていただく。



ごめんなさい。
私は、カッコつけて言うと文筆家だが、超無名だ。

ただの僻みかもしれないが、そんなことを書くのは了見が狭すぎると思った。
プラットフォームより横綱並の逸材を見いだせる今、断じて無いと言いたい――と嘆くアタシ。



例えにならないが、
犬が雑種なら見向きもされなかったのも、100円均一なのに300円商品が陳列されていることに違和感覚えたのも、現代では、薄い過去。

女だからとか、男だからとか、なんだかんだコバエのように煩いのも、遠い記憶に生きる人たち。

今は個性の時代。ありのままが好まれ、数字を追うと疲れる。



私の目は節穴かもしれないが、その文面に、一瞬で「違うな」と思ったし、その文章を斜め読みしたが、大層なことは書いていな。と鼻が鳴った――そんなアタシのひとりごとだ。

 


ライター名が分からなかったが、無名うんちゃらがやたら長く、途中から読む気が失せ、そのままスクロールしていった先の文末に、こんなことが綴られていた。

【無名でも「note」や「カクヨム」などから芽が出て書籍化されることも多くなった。互いに切磋琢磨し向上する場があるというのはとても良いことなのだろう。】

大体こんな感じであった。
ページを閉じてしまって再度検索したが出てこなかったため正確に分からない。



宇宙の果ての記事は、もしかして数年も前の物かもしれないし、それこそ無名の人だったかもしれない。

冒頭に結論を書いてくれていたら、気持ちよく読み進めることができたのかもしれないが、
結局、私は飛ばしてしまったため、作者が何を言いたかったのか、文末だけで解釈することとなった。


要するに、プラットフォームは、誰もが輝ける場所。
そして、西村京太郎と山村美紗と同等の関係を築ける場所であるだろうということ。



宇宙の果てには、なんとも浮き足立つような気分になってしまったが、
悔しい思いはバネになる。
U-17もスペインに負けてしまったが、負けることにこそ意味があり、強くなれる。

だから無名の私は、宇宙の果ての記事に、ありがとうと言いたい。


あれ、これは、ひとりごとかな?


最後までお読みいただきありがとうございます!
また来てね★

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