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はははの話/改めてよろしくね



 わたし(えりぱんなつこ)が、胃痛から仕事を辞めて、田舎に住む祖母と母と暮らしていたときの話を書いています。


●今回はわたしが大事にしている
ぎんじ(くまのぬいぐるみ)のお話。

↑こちらを一読してからのほうが分かりやすいかもしれません。



 わたしとぎんじはいつも一緒だ。
日中は同じ部屋で過ごし、撫でたり抱っこしたり昼寝をしたり、毎晩は同じ布団で寝ている。わたしがスーパーなどに出かけるときは、自宅警備をしてもらっている。


大人になっても可愛がっているんだから、さぞかし幼いときからの長い付き合いなのだろうと思われるかもしれない。実際わたしとぎんじの付き合いは、干支をやっと一周したくらいで、可愛がり始めたのはここ5、6年のことだ。
出会いは意外と遅い。


 
 ぎんじと出会ったのは、高校を卒業したばかりの18歳のときだった。
進学のために家を出るタイミングで、親父がプレゼントしてくれたのだ。母・姉・わたしがとみを可愛がっているのを見てきた親父が、わたしがひとりで寂しくならないように贈ってくれたのだと思う。

プレゼントされたのは、普通のくまのぬいぐるみだった。

海外のテディベアとは違って手足が短くて、日本のザ・くまのぬいぐるみという感じ。
とみに似ているようで似ていない。目と鼻のバランスが少し違っているし、毛をふさふさピンとさせ、お行儀のよい服が窮屈そうだ。

 わたしは「くま」の名前を付けようとしたが思い浮かばなかった。あんまり思い入れもなかったから、呼ぶ必要があるときは販売元が名付けていた名前を使わせてもらおうと思った。



 実家から引っ越して大学生活が始まると、遊びに勉強、サークル活動にバイトと新しいことばかりで、「くま」を愛でようという気持ちも、考えるスキマもうまれなかった。

プレゼントしてくれたんだから、とにかく「くま」を汚さないようにしようとは思った。わたしは丁重に接しようと勉強机の右端っこに座らせていたけれど、それが返ってよそよそしさを生んでいたと思う。

 母と電話で話すときにとみの話題になり、そっち(もらったくま)はどう?と聞かれたときも、販売元が名付けた名前を呼び、元気にやっているよって、元気なのかさえも分からないのに答えていた。



 就職してからも可愛がることはなく、今度は背もたれがあるイスに座らせていた。頭をぽんぽん触りながら、「いってきます」と「ただいま」の声がけはしていたが、何も言わないのはかわいそうという気持ちから、ひとつの習慣にしていただけだった。

わたしは地蔵にお菓子を供えるような感覚で、「くま」の周りをお菓子置きスペースにしていた。お菓子が近くにあったら嬉しいんじゃないかと思い、箱クッキーやスナック菓子で囲む。無下にはしていないんだぞ、という気持ちからだったが、今思うとお菓子に囲まれた「くま」は行く手を阻まれて身動きできない、逃げられないこぐまみたいだった。



 体調を悪くして祖父母の家に引っ越したわたしは、再びとみを可愛がるようになった。「くま」のことも連れてきていたから、自然にとみと「くま」を横並びで座らせるようになり、移動するときもくまたちふたり一緒が当たり前になっていた。とみに触ると「くま」も目に入る。わたしは何時しか「くま」を抱っこするようになり、その時間も増えていった。


かわいい。


 今まで「くま」を撫でてみてもなんとも思わず、特別な感情も持たなかったのに。「くま」はわたしを怨みもせず、真っ直ぐな目でこちらを見てくれる。胃痛などにやられ、さざ波立っていたわたしに、「くま」はすうっと馴染んでくれた。

「くま」を可愛がるようになると、ちゃんとした名前を付けてあげたくなった。わたしが考えたわたしなりの名前で、「くま」にぴったりの「くま」のための名前だ。

とみ、マックときたらなんだろう?
まったく思いつかない。さっぱりだ。
くまだから、くま太郎?くま助。くまお。

なーんか違う。違う違う!

考えてもピンとこないまま、時間だけが過ぎていった。



 いつものようにこたつテーブルを囲み、祖母と母とごはんを食べていたお昼どき。
母もわたしも喋っていないのに、急に祖母が声を発した。


「ぎんじィィィ??」


え、なんて言った?と聞いてみても、何も言っていないよというように無視され、祖母はだんまりしていた。

なにそれ。

んー、さっきはぎんじって聞こえたような?と頭の中で ぎ ん じ と文字を浮かべてみる。


これだ!!!


ビビッときた。
ぎんじ
顔も体型にも、兎に角すべてがピッタリだと思った。しっくりした名前が決まると、何度も呼びたくなる。

ぎんじぎんじぎんじ…


君は今日からぎんじだよ!
改めてよろしくね。



2023年現在のぎんじ
チーズロコモコと同じくらいの頭の大きさ
きっと、脳みそが詰まっているんだ。




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