開きたい!!
昼休み、サンドイッチを食べようとして、あちゃ~と思った。
口が、1センチほどしか開けられない。
サンドイッチの幅は4センチか、もっとある。
どうやってこの空腹を満たせばよいのか。
選択肢は二つだ。
パンを押さえつけてペチャンコにし、口の中へとねじ込むか、顎関節症のこの軟弱な左顎をド突いて強引に口を開けさせるかだ。
私は長年顎関節症を患っている。
少し前、晩酌のつまみとしてスルメにハマり、毎日スルメを食べ続けた。顎にとっては強制筋トレのようなもので、顎が強化されると思ったが、それは幻想だった。
スルメは硬すぎた。
軟弱な顎関節に対して、荒治療ができると信じた私がバカだった。
スルメは噛めば噛むほど旨味が出て最高だったが、その旨味に魅了されていたのは過去のこと。今の私は、もうすっかりスルメに飽きてしまった。しばらくスルメを考えることもない。
口を開けられない現象は、朝に起こりやすい。そんな朝は、1センチの隙間から朝食を流し込んでいる。その現象は、朝限定のはずだった。
なのになぜだろうか。
最近はそれが昼休みにも起きているのだ。
なぜ、こんな悲劇が起き続けているのか。
その原因は、容易に想像ついた。
歯の食いしばりだ。
顎関節症の人間にとって歯の食いしばりは大打撃を食らう。
上の歯と下の歯をくっつけるのは、食事をする時だけが望ましいと、いつかテレビで観たことがある。睡眠中は無意識だから仕方がないが、覚醒している時はなるべく上の歯と下の歯を離しておくべきらしい。
『歯を離せ』を目標に日中過ごしていたはずなのに、なぜ私は覚醒していながら歯をくいしばってしまったのか。
覚醒していながら、無意識に歯を食いしばらなければならないほどに、業務が忙しかったからだ・・・!!
どうしてくれよう。これは労災か!?
今から事務所へと行き、この人手不足の不満を訴えようか!!
無駄でもない貴重な人員を削減し、残された人員で超忙しくなり、私の理想とする介護である『利用者様とのふれあいの時間』を過ごすスキマ時間も無くなった!
どうすれば利用者様に少しでも満足して貰えるのかを考え考え、超考え、とにかく自分が2倍速で動けばいいのだと動き続ける4月。それでも足りない! 悔しい!
介助をしながらお話をする。とにかくできる時にコミュニケーションを取ることは心がけているが、それでは足りない。介護員が忙しそうだからと、遠慮して主張できない利用者様は、ものすごく我慢しているのではないのだろうか。寂しいから助けて欲しい。とにかく温かくなりたい。そんな思いをそれぞれの色で主張してくる数々の色は日に日に濃くなってきた。足りていないことは一目瞭然だ。
忙しいからを理由にしたくはないが、どれだけ効率良く動いても元の人員を埋めるほどの働きはできない。物理的に無理だ。でもなんとか埋めたい。だから無意識に歯をくいしばってしまう。
どうしてくれるのか・・・!!!!
そのせいで私の顎関節症が悪化して口が開けられなくなったと、現場を知らない上に訴えるか!?
サンドイッチをお預け状態でいる空腹の悪魔の私が荒ぶるが、『だめよ。抑えて』と、天使の私がそれを制する。本当の私は、それを制する天使の私を、本当にお前は天使なのかよ!? と疑問に思う。なんだか矛盾していてしっくり来ない。この場合、 悪魔の私の方が天使なんじゃないのか? と、混乱する。
とにかく心を沈めようと、雨降りの空を見上げた。
言いたいことは、たくさんある。
どろどろとした黒いものが溢れそうなほどにある。
しかし、今はこんな厳しい状況なのが現実。
最近、一日がものすごいスピードで流れていく。
私は何かを掴もうと走って走って走りまくっているように思う。
どれだけ愚痴ろうが、顎関節がおかしくなろうが、その世界線で最善な方法を選び生きていかねばならない。
どこかに抜け道はないのか。
ここからどう良くしていくのか。
いつもの休憩場所。
施設屋外北側にあるベンチに腰掛け、雨が降る空をひたすら見上げる。
雨降りの中なのに、ウグイスが鳴いていることに気が付いた。
AメロとBメロのアレンジ。
未だにウグイスはサビを聴かせてくれない。
そんな未知なるサビは、これから先聴けるのだろうか。
私は口を開けてみた。
『パキ!』という大きなラの音と共に、口が正常に開くようになる。
痛みも何もない。
待ってましたと言わんばかりに、4センチ幅ぐらいのサンドイッチにかじりついた。
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