Peace

人気のない路地

既に誰も使わなくなった家々が連なるそこにひとつだけ灯りが点いている家がある

正確には家ではなく、店なのだが

店名を示す看板もないその店、かろうじて外装はケーキ屋だと分かるだろうか。そんな店に今日も引き寄せられるように人が訪れる

軋んだ音を出すドアを開けて入ってきたのは一人の女性

手入れされたスーツ、パンツを着こなし、パリッとした印象を受けるがその表情は一転して、しおしお、とでも言うべきか

「いらっしゃいませ」

出迎えるのはパティシエの格好をした顔の見えない人

ショーケースの中には何一つ陳列されていない

「あの…なにもないんですけど…」

女性は困惑した様子で正面に立つ人に話しかける

対面するその人は表情の見えない顔を少し傾けて、相手を観察しているよう

「あの…」

「お客様には此方になります」

女性の声を遮り、対面の人が小箱を渡す

「…?」

受け取った女性がその中身を確認すると、その中には一切れのタルト

どこかで見覚えのあるタルトだ

どこでこれを食べたのだろう…?

「此方が貴方の一切れになります」

「あなたの一切れ…?」

…そういえば就職祝いに母親が買ってきてくれたタルトがこんな形をしていたような…。

「思い出せましたか」

対面の相手の声にようやく顔を上げる

「思い出すって、どういう…」

「お買い上げありがとうございました」

問いかけをする暇も与えず、また遮って人形が一礼。

──────。

気が付けば小箱を片手に家の前に女性は居た。

「…あれ?」

あの店はなんだったのだろう?そもそも、私はどうしてあの店に行ったのだろう?

尽きることのない疑問が湧くが、それらは思考するうちに泡のように消えていくばかり、あたかも最初からそんな疑問は持っていなかったかのよう。

自宅のドアを開ける頃には、全て忘れ去っていた。


──────

「貴方の御来店をお待ちしております」

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