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ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書

ベトナム戦争が長く続きドロ沼化する中、政府が隠蔽して来た戦争に関する機密文書(ペンタゴン・ペーパーズ)を入手した新聞社(ワシントン・ポスト)が、事実を公表するべきか否かで葛藤する様をお仕事映画という観点で描いたスティーブン・スピルバーグ監督の社会派系映画最新作「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」の感想です。

えー、ベトナム戦争時の政府と新聞社のあれやこれやということで、恐らく大半の人が恐れているのが、政治的な専門知識や出版業界のこと、アメリカの近代史とか当時の世相なんかを分かってないと理解出来ないんじゃないかということだと思うんですけど、そこ、特に問題ないです。正に僕がそうだったんですが、「ん?今、なんか国家的に良くないことが起こっている様な気がする…。」とか「このセリフ恐らく出版関係の専門用語なんだろうな。」くらいのボンヤリでもかなりちゃんと面白いですし、大方理解出来ます。もちろん歴史的に分かってた方がアガるところもあるにはあるんです。(ラストのアレとかね。ただ、このラストのやつなんかは、ほんとにアホみたいにあからさまに「なんかありますよ!」って描き方してるので、気になったら後で調べたらいいんですよ。そしたら、観た時に「えー、今のこれ何?!」っていうアガリ方したのが、調べてから「そういうことだったのか!」っていう2度おいしい感じになるので。)ただですね、大体はアメリカ政府が隠してきた事実が発覚して(まぁ、簡単に言えば勝てる見込みがない戦争を続けてたってことなんですけど。その内容が分からなくてもそれほど問題はないです。国が国民に隠し事をしてたって時点で既に民主主義に反するので。)、新聞社としてはもちろん公表すべきなんですけど、それをする事によってどんなことが起こるのかっていう、そこだけ押さえてれば大丈夫です。(だし、これって、正に今、日本で起こってる問題と同じことなので思いっきり既視感ありますしね。改竄とか隠蔽とか。)で、そういう社会的事実と併せてこの映画が描こうとしてる(そして、それがあるからアメリカ近代史を知らなくても面白く観られるという)ことが何なのかと言うと、真実や誇り、家族とか友人、人としての尊厳や築き上げてきた何かとか、人はそういうものを各々抱えて生きていて、それが侵されそうになった時に何をどう選ぶかってことなんです。で、それがあの「E.T.」の、「未知との遭遇」の、「プライベート・ライアン」の、スピルバーグ的作劇でめちゃくちゃエンターテイメントとして描かれているんです。

だから、ここ何作かの中でももの凄くスピルバーグ映画観てる感あったんですよね。(個人的には「BFG」や「ブリッジ・オブ・スパイ」なんかよりも全然ありました。)で、これはなぜなのかと言うと、基本的に描いてるのが家族の話だからだと思うんですよね。あの、この"ペンタゴン・ペーパーズ"を最初にスクープしたのってニューヨーク・タイムズなんですね。で、この映画の舞台になってるワシントン・ポストは「それならウチも。」っていう感じで言ってみれば後追いで記事を出したんです。(もちろん、ワシントン・ポストが記事を出すことによって、他の新聞社も後に続き世論を動かすことになったという意味で凄く意味のあることなんですが。)だから、政治の話をメインにしたいのならニューヨーク・タイムズを舞台にした方が分かりやすいと思うんですよね。それを、あえてワシントン・ポストにしたのって、ワシントン・ポストがもともとある家族から成り立った新聞社だったからだと思うんです。つまり、政治の話を家族っていう視点から描くことで、今起こっていることが人々の生活に直接どういう風に影響してくるのかっていうのが分かりやすく感じられるんです。で、政府自体は闇の存在というか、よく実態が分からないっていう描き方になってるのが凄くスピルバーグ的で。(政府と新聞社の対決の話なのに、政府側の人間てほとんど出て来ないんですよ。ニクソン大統領とか、普通は出すもんだと思いますけどね。)例えば、「E.T.」も家族の視点から権力との戦いを描いてますけど、政府の人間は顔が映らない様に描かれてますよね。「未知との遭遇」も政府は謎の存在のままですし、「プライベート・ライアン」も戦場は描いても政治家は描かないんです。(しかも、ライアン家の三男を探すっていう家族視点の話なんです。)つまり、スピルバーグって、ずっと家族っていう最小コミュニティーから見た国家っていうのを描いて来てて、常に権力っていう謎の存在からの制圧を感じているんですよね。

なので、言ってみれば、この「ペンタゴン・ペーパーズ」は今までスピルバーグが影の様に作品に入れてきたことをいよいよメインにして描いた作品だと思うんですね。で、それをこれぞ正しくスピルバーグっていう超エンターテイメントな見せ方でやってるのにとてもグッと来るんです。(ページがバラバラになった機密文書をトム・ハンクス演じるブラッドベリー編集長の自宅でみんなで編集してる時に、ブラッドベリー家の幼い娘が自作のレモネードをみんなに売って歩くシーンとか、こういう緊迫した場面にかわいいエピソード入れるの「ああ、スピルバーグ観てるな」って感じてアガりました。)

あと、メリル・ストリープ演じるワシントン・ポストの社主のキャサリンがずーっと母親視点で世界を見てるのが良かったですね。(スピルバーグが母親をメインで描くって珍しいですよね。今まで父親とのエピソードは沢山ありましたけど、母親って「E.T.」の、夫に捨てられてダメになっちゃってる母親の印象しかないので。そう考えると、このキャサリンて「E.T.」の母親とは間逆のキャラですね。)この人、男性社会の中で萎縮してた女性が成長していくキャラだって言われてますけど、かなり最初の方で、自殺した夫のことを周りの人たちが事故って言うのに対して「なぜ、みんな自殺を事故と言うのか。私に気を使ってるのか。」みたいなことを言っていて。だから、成長したと言うよりは、言うべき時が来たから、ただ、言ったみたいな感じがして。その描き方も凄く良いなと思いました。

と、まぁ、社会的な意義とか現代の世界情勢とか今の日本の状況と照らし合わせてとか、確実に今観るべき映画ではあるんですが、とにかく、やっぱりスピルバーグ映画は面白いなと思えたのが素直に嬉しい作品でしたね。

http://pentagonpapers-movie.jp/

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