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ジョジョ・ラビット

「マイティ・ソー バトルロイヤル」のタイカ・ワイティティ監督が第2次世界大戦中のドイツを舞台に、ヒトラーに憧れる10歳の少年ジョジョ(めちゃくちゃかわいい)の成長をコメディとして描いた戦争ジュブナイル映画『ジョジョ・ラビット』(『パラサイト』、『フォード vs フェラーリ』と並んでこちらもアカデミー作品賞にノミネートされてますね。)の感想です。

なんて分かった風な書き方してますが、じつは、ほぼ内容知らずに観に行ったんです。1月は観たい映画が同時に何本も公開されていたので気になってるのをのべつ観に行ってたんですが、この『ジョジョ・ラビット』も口コミ的な評判が良かったので「とりあえず観とこう。」的なノリで、内容はもちろん、誰が監督で誰が出ていてどこの国の映画かなんてことさえ知らずに観たんです。映画冒頭で、舞台は第2次世界大戦中のドイツであること、主人公は10歳のジョジョという男の子で、この子はヒトラーを自分の空想上の友達(いわゆるイマジナリーフレンドみたいなやつで、『シャイニング』のダニーにとってのトニーみたいな。あの人差し指のアレですね。)としているみたいなことが分かってくるんですけど、そうすると同時に映画に対する違和感も出て来るんです。まず、セリフが英語なんですね。「第2次世界大戦中のドイツの少年の話を英語で?」と思ってたら、サム・ロックウェルは出て来るわ、スカーレット・ヨハンソンは出て来るわで、ああ、正しく今時のアメリカ映画だなと(ていうか、FOXサーチライトっぽいなと思っていたらそうだったんですね。相変わらずFOXサーチライト凄いですね。)。しかも、コメディなのでマジメに観ていいのかふざけて観ていいのかちょっと判断つかない感じなんですよね。第2次世界大戦中のドイツを舞台にした話を当時の敵国だったアメリカが、ハリウッド系の人気俳優を使って、ちょっと軽い感じの笑える話として描こうとしていると。監督もメジャーな作品を撮ってる人だし、「え、なぜ、これを今?」って感じだったんです。

だから、サム・ロックウェルの(ヒトラーユーゲントという)青少年訓練所の指揮官役にも、スカーレット・ヨハンソンの(ドイツ人としての)ジョジョの母親役にも結構な違和感なんですが、まぁ、一番はヒトラーの描き方ですよね。さっきも書いた様に実際のヒトラーではなく主人公ジョジョの空想上の人物として描かれるんですけど、ちょっとぬけた感じの気のいいおじさんみたいな。とはいえ、国家元首であり自分たちの為に戦ってくれているジョジョにとってはヒーローでありアイドルでもあるわけなんです。つまり、ジョジョの空想上の人物であるがゆえに、あの独裁者の、あのホロコーストを引き起こした張本人のヒトラーを、気の弱いジョジョを励まし奮い立たせてくれる友人として描かなくてはいけなくなっているんです。だから、ちょっと、何の為のこの設定なのかっていうのが全然理解出来ない感じなんです。ただですね、そうやって歴史と照らし合わせてみると違和感しかない話なんですけど、それがジョジョのアイデンティティに関する成長物語として観るとめちゃくちゃ筋が通ってくるんですよ(そこがほんとに見事なんです。)。例えば、ヒトラーを敬愛する人々の心理を描くのに、ヒトラーに熱狂する人たちの映像に乗せてビートルズの『抱きしめたい』のドイツ語バージョンが流れるんですね。つまり、当時のドイツの子供たちがヒトラーやナチスに抱いてた気持ちってビートルズに熱狂していた私たちの様だってことを言っていて(ビートルズが歴史的に悪事を働いたってことじゃないですからね。ビートルズの革新性とか音楽的な面白さとかを理解せずに流行ってるから熱狂してしまっていたって人も多くいますよねってことですからね。一応。)。思春期の初めの頃にロックに目覚めて、それをアイデンティティの発端にしてしまった僕なんかにとってはもの凄く共感しやすい思春期の1エピソードになるわけなんです。

そして、そこを踏まえて観た時になるほどとなるところがあって、ここがこの映画の肝というか『ジョジョ・ラビット』を『ジョジョ・ラビット』たらしめているところだと思うんですけど、ジョジョを見守る周りの大人たちの視線がみな優しいんですよね。えーと、ジョジョはヒトラーに憧れている歴史的に見れば間違った思想の持ち主なわけなんですが、それを周りの大人たちは分かっていながら否定しないでいるってスタンスで描かれるんです。例えば、サム・ロックウェルが演じるクレンツェンドルフ大尉(キャプテンK)は、戦争やそれが内包するマチズモ(男性性)みたいなものに心底疲れてしまっているって役だし、スカーレット・ヨハンソン演じる母親のロージーは、家にユダヤ人の女の子を匿っている様な反ナチス主義者なんです。なのに、2人ともジョジョの見てる世界を否定しないんです。子供の目から見た世界を否定せず戦争という現実から守るって意味で『ライフ・イズ・ビューティフル』に近いと思うんですけど、『ライフ・イズ・ビューティフル』の大人たちの場合はただ単に戦争に巻き込まれた人々として描かれていて、自分の人生を犠牲にして子供のファンタジーを守るという、映画前半のユーモアが後半で現実に凌駕されてしまうことで戦争の悲惨さを表していたと思うんです。でも、『ジョジョ・ラビット』の場合は、ジョジョの世界を肯定しながら同時に自分たちの生き方も主張しているんですね(ロージーの反ナチス的行動しかり、クレンツェンドルフ大尉のド派手な制服しかり。劇中最もシリアスな戦闘シーンで、このド派手な制服のクレンツェンドルフが登場した時はむちゃくちゃアガリました。)。で、同時にこの第2次世界大戦中のドイツではそれが命がけの行為だったってことも描かれていて。だから『ライフ・イズ・ビューティフル』よりも前向きというか能天気というか、喜びも悲しみもどんな状況でも並列で描かれるんです。それがコメディとしてのこの映画のシニカルさにもなっているし、実際、その生き方をジョジョに強要出来ないっていうリアルさにもなっていると思うんです(この裏表の両極の様な事柄を納得させる作劇になってるのほんと見事だと思いました。)。で、じゃあ、ジョジョの間違った思想は正されないままなのかというと、そここそが、この映画がジュブナイル物として良く出来ているところなんです。

えー、要するにジョジョはヒトラーが作り出したナチズムっていう(その後、間違いだったと完全否定されることになる)夢の様な世界に生きてることになるわけなんですけど、じつは、この映画に出て来る他の登場人物たちってみんなちゃんと現実を見ている人たちなんですね。(クレンツェンドルフ大尉や母親のロージーの他にも)例えば、ジョジョの唯一のリアル世界での友達のヨーキー(この子もめちゃくちゃかわいいんですよ。)もあっけらかんとしていながら現実に即したとても鋭いことを言うし(でも、何にも考えてない様に見えるのが最高なんですけどね。)、何と言っても、母親のロージーが家に匿っていたユダヤ人の少女エルサとの出会い(ジョジョにとっては人の形をしていながら人ではないもの。要するに悪魔との遭遇みたいなものなわけです。)とか、これら全てがジョジョのアイデンティティを揺るがして再構築するきっかけになるんですけど、ほんと、その描き方が素晴らしくて(ジョジョの心情の変化とドイツの敗戦への流れが平行して描かれるのも絶妙なんですよね。)。どんな自分でも受け入れてくれる友達の存在や、父親的な人物からの助言とか、母親からの愛とか、そのふたりの背中を見ること、そして、そこからの巣立ち、未知との遭遇の恐怖、理想よりも恋が勝る瞬間とか、こういうエピソードって思春期に誰もが経験することだと思うんですけど、そのひとつひとつが見事に第2次世界大戦中のナチス政権下のエピソードとリンクして語られるんです。つまり、映画序盤で感じた違和感が何だったかっていうのが映画後半になって来ると、戦争とか、ナチスとか、その支配下のドイツとか、自分とは関係ないと思ってたことから来てたんだってことを実感するんですね。でも、ジョジョを通して見ることで、場所も時代も超えて「同じじゃん。」と、「オレだってその時代のドイツに生きてたらナチスに憧れていたかもな。」っていう、一生思うことなんかないだろうってことを考えることになるんです(はい、これ、この感じは『この世界の片隅で』を観た時に感じたことと一緒なんですけど、あれは同じ日本人だからっていうのもあると思っていたんですけど関係なかったですね。アメリカ人が作ったドイツの少年の話でも感じてしまいました。で、これって監督のある出自によるところが大きいんじゃないかと思ったんですが。僕はそのことを映画を観終わったあとに知ったんです。それで、この映画をより好きになったんですけど、例え事前に知っていたとしても、いや、事前に知っていた方がより深く物語の核心に触れられると思うのでこの後にそのことを書きますね。)。これもまた映画の凄さだなと思ったんです。

で、これがこの映画を理解する為の最後のピースだと思うんですけど、この映画の監督と空想上のヒトラーを演じたタイカ・ワイティティ監督ってユダヤの血を引く人なんですよね。つまり、当時のヒトラー政権がドイツの人たちに何をしたのかっていうのをユダヤ人の視線からこんな風に描いたってことなんですよ。それってほんとに驚きだし、世界中に流通されるアメリカ映画界でメジャーになった監督が、ようやく自分の出自である物語をこのタイミングで描いた意味も分かる様な気がするんですよね(で、母親の靴紐を結んであげようとして出来なかったジョジョが最後エルサの靴紐を結んであげるってシーンがジョジョの成長って意味だけじゃなくて、戦争が終わって何かを超えた世界にいるんだってことも意味してるんじゃないかって気もするんですよね。)。

http://www.foxmovies-jp.com/jojorabbit/

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