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この映画のポスターにも載ってる"極悪組長 × 暴力刑事 vs 無差別殺人鬼"というコピー。これ、正しくは"マ・ドンソク × 暴力刑事 vs 無差別殺人鬼"ですよね。マ・ドンソクがマ・ドンソクじゃないと成立しなかった韓国バイオレンス・ノワール・アクション映画『悪人伝』の感想です。

韓国映画としては『はちどり』以来の感想ですが、それとは正反対の韓国映画界の成熟度を感じさせてくれる超エンターテイメント作品でした。北野武監督がアーティスティックな表現を(誰も分かってくれないことから)諦めて撮った『アウトレイジ』が超絶エンターテイメントで逆にギャスパー・ノエみたいになってんじゃん(不快感エンタメ)みたいな感じに近くもありますが、『悪人伝』はもっとピュアな感じ。あまりいろいろなことに捕らわれずに監督が面白いと思うものを撮ろうとしたら勝手に振り切れちゃいましたみたいな。まぁ、そういうところが韓国映画のいまだフレッシュなところだと思うんですが。まず、連続殺人犯をヤクザと警察でタッグを組んで追いこむという設定です。これまでの韓国ノワールの様々なパターンの集大成みたいな感じで下手したら安っぽくもなりかねないネタなんですが、これが実話ベースだっていうところに韓国エンタメの引きの強さを感じます(で、その実話をもう一回ひっくり返してエンタメ仕様にしてるわけです。)。つまり、嘘の様なホントの話を、これって"面白い"を追求してきた韓国映画そのままじゃんてことで、それまでの韓国映画が作ってきたエンターテイメントの枠に入れ込んでいくみたいなことをやってるわけです。虚構の様な現実をもう一回虚構化してエンタメに昇華するという。その(虚構の様な現実の)象徴としてのマブリーことマ・ドンソクなんですよね。

要するに、ギリギリこれまでの韓国映画の体裁を保ちながらマ・ドンソクのアイドル映画として誰が観ても面白いってバランスになっていて。だから、これは連続殺人鬼の狂気にゾッとする映画でも、警察の破天荒さに驚愕する映画でもなく、ヤクザと警察が共闘して連続殺人鬼を追い込むというニュースにマ・ドンソク(という虚構)を投入したらどうなるかという実験なんですね。なので、例えば最初に出て来るサンドバッグのシーンだって、気は優しくて力持ち的なキャラが浸透してきたマ・ドンソク(マブリー)がやるから余計に怖いわけですし、終盤で登場する女子高生に傘を差し出すシーンが、サンドバックの真相を知った上で見ても納得出来るのは、それをやっているのがマ・ドンソクだからなんですよ(映画内説得力のある虚構と言いますか。マ・ドンソク自体が現実であり虚構なんですよね。映画の中のキャラクターなんだけど、それを僕らはどうしたってマ・ドンソクとして認識してしまうわけなんで。)。で、その真骨頂が殺人鬼と対面するシーンなんですけど、これなんかどう考えても、マ・ドンソクが殺られるわけはなくて(殺人鬼にということじゃなくて、マ・ドンソクなら誰にも殺られるわけはないと直感的に感じちゃうんです。映画内の役とは関係なく。)。実話の通りにヤクザの組長と連続殺人鬼であれば VS ってことになるんでしょうけど、相手がマ・ドンソクなんで、殺人鬼の方に「ああ、ヤバイ相手に手出しちゃったな。」感があるんですよ。だから、冷酷無比(例えば、韓国連続殺人鬼映画『チェイサー』の犯人の様)な殺人鬼がマ・ドンソクと対峙することで、ちょっと人間味が出ちゃうというか。怪物から人間に格下げされるというか。そういう感じになっちゃって、普通に考えたら殺人鬼モノとしてはマイナスなんですけど、これがマ・ドンソクのアイドル映画ということであれば、逆に安心感になるんです。揺るがない存在としてのマ・ドンソクがいて(だから、この映画におけるマ・ドンソクって神様みたいな存在なんですよね。マ・ドンソクだけが人間界のルールを超越する立場にいる。)、その周りでちょろちょろしてる人間の愚かさを見るというか(暴力的だし残酷なんだけど、この映画がなぜかキュートに見えちゃうのはそのせいなんですね。きっと。)ゴジラ映画みたいなもんでしょうか。誰も臨んでないじゃないですか、ゴジラが倒されることは。で、その通りになるみたいな。そこは映画的に担保されてていい部分で、それ以外を補いながら観れちゃうんです(マ・ドンソクと対等にやり合ってるんだからこいつそうとう凄いんだろうなみたいな。)。タランティーノ映画の主人公キャラに感じる安心感にも近いかもですね(なので、逆に『パルプフィクション』でサミュエル・L・ジャクソンが死んだ時はビックリしましたけどね。まぁ、あれは時間軸のマジックでその後にも登場しますから。分かっててやってる感じですよね。)。

で、ストーリーは、その殺人鬼をどうやって法的に裁くか vs ヤクザ的復讐で葬り去るかみたいなことに(だから、この時点で殺人鬼の動機なんかはどうでもいいんですね。警察とヤクザどちらが最終的に宝物を手にするかみたいな話なわけですから。宝物は宝物としての価値があればいいわけです。)、つまり、お互いの団体のプライドを背負った(『フォードvsフェラーリ』みたいな企業対決モノみたいな)話になっていくんです。このふたつのチームが反発し合いながらもお互いの人間性を認めていく過程なんか、なんかいい話だななんて思ったりしちゃうんですけど、これも普通に考えたら、警察とヤクザの癒着をなんかいい話にするなよと思うわけです(ただ、まぁ、韓国映画の警察の描き方って結構毎回酷いというか人間的というかゆるいんですよね。『追憶の殺人』の警察とか『コクソン』の警察とか。)。で、これも組長がマ・ドンソクなら仕方ないかなとなるわけです(この映画にとってマブリーは神なので。マブリーは。)ただ、それをそのままナァナァの世界観では終わらせなかったのはさすがに今の映画って感じでしたけどね(これも映画内倫理観と現実の倫理観が鬩ぎ合う北野映画とかタランティーノ映画の様なスリリングさを感じました。)。

ということで、これでアクションも面白くて(韓国映画のカーアクションていつも面白いですよね。)、結構ちゃんとノワールで、その上でマ・ドンソクの今を堪能出来るってんですから、こういうエンタメ作品までを含めた韓国映画のクオリティの高さって…って。改めて驚愕しましたね。

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