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届かない距離

あいいろのうさぎ

「古文わかんない! やる必要性さえわかんない! 今の言語で喋ってよ! 日本語でこい!」

 放課後の空き教室で勉強していたところ、小林が喚き始めた。

「古文にキレたってしょうがないだろ。あと古いだけで日本語だから」

 俺が返すと小林はあからさまに不機嫌な顔になる。

「正論なんて今はいらないのー! 私は勉強しなくて良い理由が欲しいのー!」

「そこまで来るといっそ清々しいな」

「えへへ」

「褒めてない」

 バッサリ切ってやると、また不貞腐れた。

「もういい! ふて寝する!」

 どういう思考回路でそうなるのか分からないが、小林は本当に寝るポーズを取り始めた。

「寝てもテストの点は良くならないぞ」

 また謎論理の適当な返事がくると思ったのに、教室は静かなまま。

「……小林?」

 返ってきたのは規則正しい寝息。

 どうやら本当に寝てしまったらしい。

 呆れを通り越してむしろ感心する。よくこの状況の中、このスピード感で寝れるな。でも、確か昨日は遅くまで勉強していたはずだし、仕方ないのかもしれない。

 数学と向き合おうとしたけれど、隣の寝顔がチラついて上手く集中できない。

 手を伸ばして、髪に触れかけて、ぎゅっと胸が苦しくなる。そっと手を引っ込めて、頭を抱える。

 何やってんだ、俺は。

 自分から苦しみにいこうとするなんて、馬鹿としか思えない。けど、そうだ。こいつだって悪い。無邪気で無防備で、こっちの気なんて知らないで、太陽みたいに笑いかけて。

 好きにならない方が難しい。

「悪い、顧問の話めっちゃ長くてさー……ってあれ? 寝てる?」

「うん、寝てる」

 部室から帰ってきた石川は小林に何度か声をかける。それでも起きないのを確かめてから優しく小林の頭を撫でた。

「イチャイチャすんなよ」

 できるだけ冷たくならないように、冗談に聞こえるように言った。

「へへ、ごめんな」

 石川は小林によく似た笑顔で返す。

 お似合いの二人だと思う。絶望するくらいに。

 俺は、せめて君の幸せを壊したくないから、今日も明日も、君とはただの友達でいる。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 今回のお題は「可愛い寝顔」です。いくつかお話が思い浮かびましたが、選ばれたのは片想いの少年でした。彼は小林ちゃんの幸せを願っているようですが、作者は彼の幸せも願っています。この作品がお楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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