「砂漠で水を売れ」スマートニュース 原田 朋氏の自らが切り開くコピーライターの新しい選択肢
「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」をミッションに、日米5,000万ダウンロードを超える(2019年の数字)ニュースアプリ「SmartNews」の事業を展開するスマートニュース株式会社。
25年弱勤めた広告代理店を経て、同社のエグゼクティブ・コミュニケーション&クリエイティブ・ディレクターに就任した原田 朋(Tomoki Harada)氏のキャリア形成、企業選択の軸に迫ります。
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“ニューエリートをスタートアップへ誘うメディア” EVANGEをご覧の皆さん、こんにちは。for Startups, Inc.のEVANGE運営チームです。
私たちが所属するfor Startups, Inc.では累計650名以上のCXOを含むハイレイヤーや経営幹部クラスのご支援を始めとして、多種多様なエリートをスタートアップへご支援した実績がございます。
EVANGEは、私たちがご支援させていただき、スタートアップで大活躍されている方に取材し、仕事の根源(軸と呼びます)をインタビューによって明らかにしていくメディアです。
「言葉」によって企業は変わる。言葉の影響力を知る
-- 1996年に株式会社博報堂(以下、博報堂)に新卒で入社されてから、25年弱。コピーライター、そしてクリエイティブディレクターとしてキャリアを極めた中で、ご転職を考えられた経緯について教えていただけますか?
クリエイティブディレクターとして広告会社にいると、2つの興味が生まれます。
1つは代理店の立場でクライアントに貢献するべく、表現技術を突き詰めて、よりよい広告をつくること。
もう1つは、クライアントの事業成長に貢献するために、事業そのものに関わること。私はコピーライター出身なので「企業の中の言葉」を生み出すことがそれにあたります。
私の場合、博報堂で経験を積む中で、後者への関心が強くなっていきました。
-- なぜ、関心の対象が「企業の中の言葉」を生み出すことになっていったのでしょうか?
コピーライター、クリエイティブディレクターの仕事にも様々な種類がありますが、作ったコピーが掲載される期間は、新聞広告だと1日、テレビコマーシャルだと数ヶ月と短期間で終わってしまいます。
一方、プロダクトやサービスへのネーミングは、長持ちするクリエイティブと呼んでいますが、自分が名付けたプロダクトが長期間店頭に並びます。
そういった様々な仕事を重ねていく中で、いい広告を作ることは大事なものの、そもそもの商品がいいものだからこそ、いい広告を作ることができる。
もっというと、「いい商品を生み出す企業はどのような企業であるべきなのか?」を考えると、今で言うミッションやコアバリューと呼ばれる”企業の魂や志”の部分がとても大事だと考えるようになり、「企業の中の言葉」への関心が強くなっていきました。
-- 企業の中の言葉を意識するようになったきっかけなどはあったのでしょうか?
1番のきっかけは、1998年にApple社の広告キャンペーンのスローガンだった「Think different.」です。
「Think different.」は、広告コピーとして生まれた言葉ではあるものの、大事にされるべき哲学としてApple社員にも働きかけ、のちにiMac、iPod、iPhoneを生み出し、「Apple復活」という現象の起点となりました。
それを見た時に、「言葉」によってその企業の原動力を生み出せることを知り、いつかは「言葉」で経営や事業、プロダクトに関わりたいと感じました。
25年勤めた博報堂から、転職への1歩を踏み切る
-- 「企業の中の言葉」への強い関心を抱いてから25年。その間、事業会社への転職を考えたことはなかったのでしょうか?
考えたことがなかったというか、これまでは代理店にいるクリエイターが事業会社へ転職するケースがなく、そもそも「事業会社への転職」という発想をもっていませんでした。
加えて、博報堂が本当にいい会社で、代理店の立場という範囲ではあるものの「企業の中の言葉」に関わる経験に恵まれたこともあり、事業会社への転職を考えることはなかったですね。
-- そこから、なぜ転職に至ったのでしょうか?
いくつかの出来事がありながら25年かけて機が熟したのだと思いますが、1つは先程お話しした「Think different.」を生み出したTBWA/CHIAT/DAYでの実務経験を、改めて振り返ったことが大きいですね。
米国には、クリエイティブディレクターからクライアント側のマーケティング責任者やブランド責任者になる人たちがいることを当時知り、「こういうキャリアもアリなんだ」と、事業会社への転職が現実的な選択肢として頭の片隅にありました。
また、ジョン・ジェイ氏(株式会社ファーストリテイリング グローバルクリエイティブ統括)、佐藤可士和氏(ユニクロや楽天グループなど数多くの企業のグローバルブランド戦略、トータルプロデュースを手がけるクリエイティブディレクター)が代表的ですが、経営者のブレインとして、企業の中からクリエイティブ戦略を手がけることが注目されはじめ、彼らはアートディレクター出身ですが、コピーライター出身でも、彼らのような働き方をしたい気持ちが強くなりました。
最終的に転職への1歩を踏み出すきっかけになったのは、新型コロナウイルス(以下、コロナ)だったかもしれません。
-- どういうことでしょうか?
コロナが蔓延し始めて、「世の中がいつどのように変わるかわからない。自分もいつ死ぬかわからない」と思うようになり、「何かやり残したことはないだろうか」と自問自答する機会が増えました。
事業会社で「企業の中の言葉」に関わるのであれば、これが最後のタイミングだと思い、最終的に転職への一歩を踏み出しました。
前人未到の挑戦。コピーライターの新しい選択肢を切り開く
-- これまで広告代理店キャリアを駆け抜けてきた中、コロナの蔓延が自問自答の機会となったのですね。
加えて、コピーライター、クリエイティブディレクターの活躍の場は、広告代理店以外にもあることを伝えたい気持ちも強かったですね。
-- どういうことでしょうか?
日本においては、コピーライター、クリエイティブディレクターは、「広告代理店にいるもの」というのが、いまだに常識です。
一方、企業の中の言葉づくりのニーズは年々増えており、コピーライター、クリエイティブディレクターの強みを活かして活躍できる場所は、代理店の外にもあると感じたので、「自分の挑戦によって、新しい活躍の場を切り開きたい」と強く想うようになりました。
-- 実際にスマートニュースに飛び込んでみた結果、いかがですか?
言葉のニーズはとてもありましたが、そのニーズに応えるべく、コピーが書けるのは私だけで、「これはモテモテだな。」と思いました(笑)。
たとえて言うと、水の豊富な日本で水を売ろうとすると、1本100円で売るのも簡単ではありません。でも、砂漠の真ん中で水を売ったら、100万円でも、1億円でも売れるかもしれません。商品価値は、環境によって異なるのです。
違う言い方をすると、広告代理店の場合は、コピーライターが多数いるのでレッドオーシャンですが、事業会社では、全ての言葉のニーズがいわば私の独占状態で、コピーライター出身だからこそ提供できる価値は無限大だと感じました。
原田氏が見据える、コピーライターの新しい世界
-- お話を伺う中で、原田さんには「新しい発見を仲間に伝えること」にモチベーションがあるように感じました。
中国という新しい世界を見てきた、マルコポーロ的な、ね。
確かにそのモチベーションはあります。TBWA/CHIAT/DAYでの日々をコラムに書いた時の「アメリカではこういう働き方があるよ」のように、性格的に自分が見た新しい発見を誰かに伝えたいのだと思います。
私自身も仕事で困ることはたくさんあるので、エンジニアのオープンソースカルチャーのように、困ったことを解決したら、そのHow toは他の人にも、コピーライター界全体にも伝わるといいなと思いますし、その方がいいと思っています。
-- コピーライター界の促進剤のような存在ですね。
表現の仕事には「この表現はこの人からしか生まれない」という属人的な要素はもちろんありますが、集合知のようなものはあってもいいのではと思っています。
コピーライターは広報の仕事ができるとはあまり言われてこなかったけれど、実は「広報の世界でも活躍できる」とみんなに伝えたら、コピーライター出身の広報が増えるかも知れない。誰かが言うことによって、伝え合い、教え合うことでスキルアップし、コピーライター全体の生産性の向上に繋がっていくと考えています。
環境を変えることで高まった知的好奇心
-- ただ、誰もやったことがない事業会社への挑戦には、たくさんの困難が待ち受けていると思います。その点はどのように捉えていますか?
スマートニュースの同僚に「困難はたくさんありそうだけれど、原田さんってそういう状況を楽しんでますよね」と言われたことがあります。
楽しんでいる感覚はそこまでありませんが、私の場合は知的好奇心が強いのでしょうね。テクノロジーとビジネスはこれからどんな関係になっていくんだろう?経営者の直下で仕事をするってどういうことなんだろう?と、難しい仕事でままならない思いをすることになったとしても、その問いを解き明かすことへの強い興味が勝ります。
-- その知的好奇心は昔から強かったのでしょうか?
どうでしょう。ただ、間違いなく言えることは40代で加速しました。特に、博報堂の外に出る機会となったTBWA/CHIAT/DAYでの経験は、大きなきっかけになりました。
-- どういうことでしょうか?
たとえば、テレビコマーシャルを作成する場合、日本では「この女優さんがこんなセリフを話していたら、可愛いよね。それってどういうシチュエーションの時に言うのかな」のように、ディティールから作っていくことがあります。
一方、アメリカでは「世の中はこう変わった。だから、来年のこのブランドはこうあるべきだ。であれば、そのテレビコマーシャルには誰が出ているべきだろうか?」という風に、ビッグアイディアから始めて、各メディアの施策へ、そのディティールへ、と作っていきます。
あくまでも一例ですが、こうして異なる2つの作り方を知ることで、日本の広告の作り方の強みも弱みもよく解るし、これまで自分が行っていたプロセスとその意味も明確に理解できました。
-- 環境を大きく変えることで、これまでの経験を相対化できるということですね。
私は、転職は自分の価値が分かる意味でもいいことだと思っていて、1カ所に居続けると解らないことが、環境を変えると「こうなっていたのか。だから価値があったんだ」とこれまでの経験の価値に改めて気づく。
文系の極みであった私にとって、スマートニュースというテックベンチャーに転職することは、わからないことだらけで毎日が勉強です。ただ、これまでの経験や知識もあるので、そこに新しい知識をどんどん掛け合わせていくことで、視野はさらに広がり、新しいことが見えてきます。
クリエイティブのチカラを未開のエリアへ
-- それでは最後に、今後原田さんが取り組みたいことを教えていただけますか?
PRあるいはクリエイティブディレクターとして、プロダクトづくりに関わりたいと考えています。
-- どういうことでしょうか?
これまではプロダクトが先にあって言葉(=広告)がある構図だったけれども、まず志や魂などの言葉をベースに、プロダクトづくりが行われ、最終的にまた言葉(=広告)に繋がる。そんな構図を成り立たせたいと考えています。
-- その企業の志や魂がプロダクトづくりのタイミングでは、すでに内包されているということですね。
そうですね。コミュニケーションのチカラとかクリエイティブのチカラを、いままで使われていなかったエリアに入れていきたいと考えています。
それがどのエリアになるかはわかりませんが、これまでは「コピーライターは広告会社にいる」という常識が、これからは「事業会社にもいる」という新しい時代へ。では、その次はどこにいるものなのか?
このようにコピーライターの可能性を、私自身の経験によって広げていきたいと考えています。
-- まだまだ未踏の地への挑戦が続きそうですね。
スマートニュースに転職してからは、「コピーライターがスタートアップの広報責任者になれるんだ!」と、前人未踏の挑戦をしてスポットライトを集めるロックスターのような気持ちで取り組んでいるように思います。こうしてインタビューを受けたり、コラムを書かせてもらっているので。
これからも新しい挑戦をしていくことで、エドワード・ヴァン・ヘイレンのギターを聞いて、世界中にギターキッズが増えたように、「原田さんみたいな挑戦もアリなんだ」と、コピーライターから広報になる方、コピーを学ぶ必要性を感じる方、前例のない新しい領域へチャレンジする方が増えてくれたら嬉しいですね。
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