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「観光の哲学」を求めて

今月25日から、三重県の御浜町に行くこととなった。以下はその前に書いたもの。

 私は哲学を勉強している身として、観光とは縁がないと思っていたが、考えてみるとそうでもない気もする。私が行く土地、いる土地すべてに、なにかしらの形で観光が関わっている。そして、それぞれの土地には独自の「観光の哲学」というものが存在していると思う。ここでは、私が観光客として瀬戸内海にある豊島と私が住んでいた静岡県の沼津市に注目して、観光と哲学のつながりをみる。そして、そのうえで私が御浜町で/にできることを考える。
 今年の5月、瀬戸内国際芸術祭を見に行くことが目的で、私は瀬戸内海にある豊島を訪れた。豊島は多くの観光客が訪れていた一方で、坂道やカーブしている道が多く、船便も少ないために陸からのアクセスも良いとは言えない。美術作品を鑑賞する目的で来たので、様々な作品を見て回った。例えば、瀬戸内海と棚田に挟まれている「ウミトタ」という宿の建築作品のなかには、豊島石で造られたキッチンや地元の木材で造られた内壁があり、地産地消の哲学を感じることができた。
 作品と作品との間には徒歩でかなりの距離があったので、美術館や作品をみる途中で、道路を通ったし、食事をとった。そのなかで、私はいちごソフトを食べ、それを食べながら歩く小道の横では牛が放し飼いされていた。そして、いまたべているソフトクリームの牛乳はこの牛のものかもしれないと思いを馳せた。
 美術作品につかわれている材料だけでなく、見ている景色、口にするもの、歩いている道路。すべて豊島の観光の哲学がそれらを貫いており、だれかが綿密に設計しているようだった。しかし、もし綿密に設計しているのであれば、坂道やカーブも少ないだろうし、船便も増便されていたはずだ。その一方で、カーブした人気のない小道がなければ、あそこで牛を見ることはなかっただろう。

 大学に入る前まで、私は静岡県の沼津市というところに住んでいたのだが、高校一年の時、沼津のお土産を一からデザインするという企画に参加した。そこで、私たちは地元の洋菓子店と協力して、沼津の魅力を伝える商品をデザインした。その結果、私たちのデザインしたお土産は商品化され、一時期店頭で販売された。商品には沼津という街の魅力を特産品を使った六種類の味のお菓子に込めた。その背景には、ひもの味の菓子(意外にも味は好評だった)を作ることでインパクトを与え、戸田塩を使った塩キャラメル味や寿太郎みかん味などのその他の味で沼津の名産品を知ってほしいという狙いがあった。しかし、予想に反して、商品を買った人はひもの味の衝撃に引っ張られてしまい、他の味の感想を自分からはあまり教えてくれなかった。
 インパクトを与えられるものを正面に置けば、単純にそれは「売れる」と思うが、はたしてそれでいいのだろうか。経済的には利益が増えることは良いが、観光客が沼津を知ることができたとはいえないし、観光客を迎え入れる私たち土地の人はそれ以上に自分の土地のことを知ることができない。
 観光客がある土地を訪れる理由はもっとも表面的なことの場合が多い。私の街の場合は、「ラブライブ!サンシャイン!!」というアニメの舞台となったゆえんから、アニメで登場した場所をめぐる「聖地巡礼」という形で観光する人が増えている印象がある。だが、本来の沼津の特徴がないがしろにされるというわけではない。ラブライブを見にきた、とはいえど、食事をとると、沼津港で獲れた魚を口にするし、街を歩いていると、駿河湾を望み、狩野川沿いを歩きながら、愛鷹山と香貫山に挟まれ、自然を一望できる。私たちのお土産と沼津市の観光事業の差は何だったのだろうか。

 豊島も沼津も、国際的な芸術祭やアニメといったキャッチーなもの、表面的に訴えてくるものがあり、それで人は寄ってはくるが、それだけで俗にいうリピート客を集めることはできない。そのリピート客を増やすためには、通りすがりの出会いが必要であり、それは偶然に起こる。
 部外者である私が御浜町の観光事業にできることはなんなのだろうか、ということを考えたときに、私はこうした偶然的な出会いをどう設計するか、を考えることで貢献できるだろう。言い換えれば、出会いを可能にする観光の哲学を構築することだ。この哲学は普遍的なものではなく、必ずその土地の文化や歴史と結びついていなければならない。そして、その哲学は単に経済を潤すためのものではない。それは偶然の出会いを提供し、また観光する側とされる側の両者に学びを提供する。偶然を提供する、というのは逆説的に聞こえるし、逆説的である。しかし、出会いの偶然性を偶然性であるまま実現させる環境をつくることはできる。豊島で見た放し飼いの牛も、観光客である私が来ることを見据えて牛を小道の横に放しているのであれば、その牛はオブジェとなってしまう。あくまで、私と牛が偶然に出会うことを実現させたい。観光の持っている力を発見し、実際につかうことで、興味・関心の異なる他の仲間たちとともに、経済的な利益を超えた観光の形を創造したい。

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