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ヨコハマ・ワンナイト・ドリーム

土曜日の横浜駅は相変わらず人がひしめいていて、電車を降りた私はいつもより長めに息を吐いた。

「JR改札むかいのドトール前」

絵文字も句読点もない、相変わらずなLINEに「むかってる」とだけ返す。人混みの中に、黒いイヤホンをしてスマートフォンを弄る彼の姿が見えた。


「おう」
「おう。場所言わなくてもわかったのに」
「久しぶりだから忘れてるかと思って」
「まあ、確かに久しぶりよね」

彼とは20歳の頃に付き合っていた。「改札むかいのドトール前」は、当時よく待ち合わせに使った場所だ。
その後彼と別れ、そのまま大学を卒業してから3年。共通の友人が結婚することになり、司会を頼まれたことがきっかけで卒業式ぶりに彼に会うことになった。


歩き出した彼と私の足取りは迷うことなく、1件のイタリアンバルへ。デートの最後にいつも来ていた店だ。


「最近どう。仕事何してるんだっけ」
「広告系。そこそこ忙しくやってるよ」

あの頃と同じテーブルで、あの頃よく飲んでいたワインを片手に彼とする話は近況報告から昔話と、尽きることがなかった。

「でもなんか変な感じ。この店で仕事の話なんかするようになるなんて」
「昔はデートの感想かレポートの話くらいしかしてなかったからな」

最後にこの店に来たのは、2人の就職が決まった3年前。あの頃と変わらないものがいくつもある一方で、変わったものも確かにある。たとえばこの店のレジスターにとって代わったiPadとか、私の髪の長さとか。私達の関係性とか。


「変わるよね、いろいろ。平成も終わるし」
「そういや横浜駅の工事も来年漸く終わるらしいぞ」
「え、そうなの」


あの西口の工事も遂に終わってしまうとは。上京して初めて訪れた時既に工事中だった横浜駅を、私達はよく「サグラダ=ファミリア」と揶揄した。竣工すればあれはサグラダ=ファミリアではなく、ただの「数十年かけた工事」になってしまうのか。


変わりゆくものに一つずつ想いを馳せていたらなんだか無性に寂しくなって、彼にもう未練なんてものはこれっぽっちもないのに、彼が隣にいない未来を重ねていくことが少しだけ悲しくなった。いつか彼と交わした「オリンピックの開会式を一緒に東京で見よう」なんて約束は、もう互いに別の人と叶えるものだ。


「喜んでもらえるといいよね、結婚式」
「...おう」


咥えた煙草に左手を添えて火を点ける、彼のその横顔にくらりときたのはワインの飲み過ぎか、それとも。
昔とった統計学の講義で「ワンナイトラブが最も発生しやすいのは土曜の夜」という結果が出たことを、なぜだか不意に思い出した。


彼の煙草が終わるタイミングでグラスに残るバローロを飲み干した私に、にやりと笑った彼が、終電の迫る時刻には気づかないふりをして誘う。


「2件目、行こうか。『平成最後』だしな?」


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#小説 #短編小説

(photo by ぱくたそ)

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