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『今を生きる思想 ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』読んだよ

牧野雅彦『今を生きる思想 ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』読みました。

約100ページとボリュームを抑えることで、気軽に教養を学ぶ機会としてもらおうという意欲的な企画の「講談社現代新書100」の一冊です。

本書で取り上げられているハンナ・アレントは、その伝記的な映画は過去観たことはありましたが、著作は読んだことはありませんでした。
かねてから、アレントの語る「労働・仕事・行為」の分類や、全体主義への視点は興味深いなあと思ってはいたのですが、いかんせん書籍は敷居が高いのです。『人間の条件』はまだしも、『全体主義の起源』なんて三分冊の大著で合計1万5千円ぐらいしますからね。。。

そんな折「講談社現代新書100」の企画を知り、これはアレントの哲学の入門機会にうってつけだと思い購入したのです。


……して、読み終わったのですが。

やっぱ難しいです(泣)

いや、全般考えさせる記述ばかりでしたし、全然退屈はしなかったんですが、人文学の素養のない江草にとっては、能力不足でなかなかうまく咀嚼できるところまでは至らなかったなという読後感です。何度か読まないといけない感じです。

なので、ここから書くことは、全然うまく噛み切れてないというか、味わいきれてない一個人のひとまずのファーストインプレッション的感想ということで、悪しからず。


100ページという低ボリュームで収めるという試みはすごく良かったと思うのですが、個人的には構成がちょっと掴みにくかったです。

「ハンナ・アレント」と堂々と題に入っているので、アレントの思想を解説してくれる本だと思って読むわけですし、実際基本的にはそうだったはずとも思うのですが、全体的に「解説者の考え」なのか「アレントの考え」なのか分かりにくい印象を受けました。

たとえば、「ふむふむこういうふうに考えてるのがアレントなんだな」と地文を読み進めていたら、いきなり「アレントはこう言っている」と引用文が来ることがしばしばあります。こうなると、「ここまでの地文はアレントの考えではなくて解説者の考えってこと?」と、ちょっと混乱しちゃうのです。

SNSなどの現代の問題に触れる箇所なんかは、生きる時代が違いSNSなど知る由もないアレント自身の考えでは決してありえないわけですが、そういうのがスッと入り込んでくるのです。解説者がアレントを代弁して、アレントの考えに基づきつつ、いわば「降霊」して語ってるということなのかもしれないのですが、読者としてはアレントの当時の感覚をまず押さえたいところもあるので、できる限りもうちょっと明確に「アレントの考え」部分を彫り出してほしかったなあと感じました。

なので、当初の読書の目的である「アレントの考えはこんな感じだったんだな」という把握感はあんまり得られなくって、「多分だけど、こんな感じなのかなぁ……」という自信薄な感触になってしまいました。


もっとも、アレントの思想自体はあまり掴みきれなかったとはいえ、全体主義の恐ろしさの描出はとても良かったです。とくに「全体主義」と「権威主義体制」と「暴政(専制)」の差異の解説は、新鮮で興味深かったです。

牧野雅彦. 今を生きる思想 ハンナ・アレント 全体主義という悪夢 (Japanese Edition) (p.33). Kindle 版.

牧野雅彦. 今を生きる思想 ハンナ・アレント 全体主義という悪夢 (Japanese Edition) (p.34). Kindle 版.

なので、どうやら「独裁者」として悪名高いヒトラーも、全体主義の構造からすると厳密に言えば「独裁者」と呼ぶのは正確ではなく「虚構の世界」を保障する運動の「代表」でしかないとなるようです。
確かに、ナチスドイツの全体主義社会って、過去の様々な帝国における皇帝たちの暴政のような中央集権的な社会とも違う印象はあったんですよね。
この引用箇所にも「渦巻き型」と書いてありますけれど、指導者自身をも巻き込みながらもう誰にもどうにも止めることができなくなった「嵐」のような悪性ループと化した運動体と捉えるのはしっくりきました。(なお、医療界は典型的な権威主義体制のように思います)

この他にも、全体主義の、真理と虚構を区別する能力や意欲を奪う特性や、恐怖に対して抵抗する意思さえ失わせる「恐怖の日常化」という特性などの解説は、いずれも目からウロコで非常に恐ろしく刺激的な話でありました。
とくに「真理」や「事実」を信じることができなくなるというのは、現代でも問題になっている「陰謀論」とも地続きですし、他人事じゃない問題ですね。

あと、全体主義への抵抗として大事になるのが、ジャーナリズムやアカデミズムが政治と距離を置きつつ真理を追究するスタンスとのこと。
まさしくそうだなと共感しつつも、同時に現代社会における、マスコミの「ポリティカル・コレクトネス」への安易な追従や、ジョナサン・ハイトが警鐘を鳴らしているという「社会正義大学」的傾向の問題を知っていると、この「距離を置く」がうまくいってなさそうで、末恐ろしさを感じなくもありません。

現代に生きる私たちが「全体主義の悪夢」から完全に逃げ切れているという保証は何もないわけで、だからこそ再びその悪夢に魅入られないように、こうした本を読むなどして学び続けないといけないなと改めて思いました。


というわけで、課題もいくらか感じはしましたが、本書自体は「全体主義とは何か」的な入門書としてとても学ぶことが多かった一冊でした。
「講談社現代新書100」もとても面白い試みだと思いますので、今後も是非がんばっていただきたいなと思います。

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