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日本人の心から「お菊人形」がいなくなる日

美容室での話。
担当してもらっている美容師Kさんは、30歳前後のおしゃれでかわいいお姉さんだ。近頃は話題にする内容がマニアックすぎて(洋楽とかカメラとか)若い美容師さんと会話が弾まずちょっと寂しい今日この頃なのだが、Kさんは知っていても知らなくても会話を成立させてくれる、非常にコミュニケーションスキルの高いプロだ。いつも介護をありがとう。
そんなKさんと髪が伸びないことについて話していた時のことである。

私「いやー、相変わらず(髪が)伸びてなくて心折れそうですよ」
Kさん「そんなことないですよー、前回よりだいぶ伸びたし、頭皮の状態もだいぶいい感じ」
私「そうですか?いやね、私の友人に髪の伸びるスピードが尋常でない友人がいまして、その子がもうびっくりするくらいあっという間に髪を伸ばすし、これがまた素晴らしく良い髪質なんですよ。それがもう、”お菊さんか!”っていうくらいの伸びっぷりで…」
Kさん「…お菊…さん…?」
私「(あ、お菊さんじゃなくてちゃんと”人形”って言わないと伝わらないかな?)ああ、あれですよあの”お菊人形”。ホラあの髪があっという間に伸びるっていうあの。」
K「えっ…しらないです」

私、猛烈なショックに襲われる。

私「(気を取り直して)あっ、すみません、もしかして怪談とかあんまりお好きじゃなかったですか?」
K「あ、私怪談大好きですよ!」

好きなんかい!で、知らないんかい!!
と思わず心の中で盛大に突っ込んでしまった。

ここから昭和のネタとして、お菊人形(市松人形)とそれにまつわる怪奇現象についての即席レクチャーが始まった。もちろん敬愛する大・稲川淳二先生の「生き人形」のネタにも触れた。しかし、どうやらKさんはこの”お菊人形”という髪が伸びる人形について全く知らなかった様子。フムフムと聞いた後で、”Youtube、見てみますね!”と明るく言った。
おばちゃん、ショックで寝込みそうよ…。

世の中には、普遍的なテーマが存在すると思っている。
怪談(ホラー)もその中の一つで、いつの時代も人々が求め、形を変えながら語り継がれていく類のものだと思っていた。
普遍的テーマとしての怪談。その中でも「ド定番」と呼んで差し支えないだろうネタはいくつかあり、「お菊人形」はその中でも上位を占めていると思っていた。それが人々の心から、いつの間にか姿を消してしまっていたのだ。

確かに、怪談は実生活や文化、習慣を背景に生々しく、それっぽく語ってこそ活きてくるテーマだ。だからこそ、時代が変わって携帯が怪談の中心に据えられたり、ドアをノックする音からチャイムを押す音、アプリを通じてアピールする怪異まで現れた。逆に考えれば、生活の中心から消え去ったものは怪談のテーマとしても役目を終えるのだろう。理解はできるが、なんか、ものすごく寂しい。

昭和の怪談のテッペン、「お菊さん」。
淳爺のポートフォリオ怪談、「生き人形」。
子供のころは市松人形が怖くて、人形のある部屋では寝られなかったっけ。
最近は家に人形があるお宅もそう多くないのだろう。「お菊さん」はもはや、恐れられるべき存在ではなくなり、存在すら知られていないのだ。
この”怪談大国・日本”から、お菊さんという存在が消えてしまう日もそう遠くない。せめて、私が生きているうちは「お菊さん」を恐れ、忌み、忘れないようにしようと思う。

長生きしようね、お菊さん。


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