見出し画像

【超短編小説】 好意の返報

それは小さな願いだった。

「ずっとそばにいて欲しい」という彼女なりの

切実で、危うさを伴った思いが込められていた。

もし、それが実現しなければ、彼女は、

今にも崩れ落ちてしまうほどの緊張感を漂わせた。

その言葉を受け取った時、私は、

それに応えられるのだろうかと、

しばらく言葉を選び、

「大丈夫だよ」と、ようやく自信なさげに返答をした。

彼女は私の顔をじっと見つめ、真偽を確かめようとした。

彼女の眼には鋭さがあり、

私を真正面から捉えようとする気概が感じられた。

半ば嬉しくも哀しい複雑な感情が私の中に押し寄せてきた。

「私は、君の思うような人間ではないのだ」

そう言ってしまえば楽だったが、そうも言えそうにあるまい。

まして、そんな弱みを見せては、彼女に失礼ではないかと、

口を噤んだ。

いつの間にか期待が高まっていたのだ。

それは私の役目でもあり、定めでもあった。

季節は変われども、彼女の思いに添いたい。

それが私なりの返報なのである。(完)


この記事が参加している募集

私の作品紹介