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自己紹介。

 斯波遼三郎とは、たいそうな名前をつけてしまった。

 幼少期から大河ドラマを観て、なんとなく歴史上の人物が好きだった。小学生の時には坂本龍馬に憧れた。

 高校生になった時、司馬遼太郎さんが亡くなられた。その訃報を新聞記事で読み、初めてそういう歴史小説家がおられて「竜馬がゆく」という作品を書いているということを知り、読み始めた。

 非常にきめ細やかな描写で、特に心理描写と余談による知識に魅力を感じた。竜馬の脱藩した道を実際に赴いて歩き、「その時竜馬はこういう風に感じたのではない?」と思いを馳せるところなどに、自分の中の歴史を知る面白さの価値観が根底から変わってしまった。

 それ以来、ただ史実をなぞることや物語として1人の人物の生涯を追うのではなく、人物の機微に触れて思いを重ねたいという気持ちを持つようになり、司馬遼太郎さんの作品についても、小説よりも「街道をゆく」のような歴史エッセイを主に読むようになった。

 とは言え、大学進学は歴史を選ばず、音楽系の大学に進学して大学院まで進んだ。歴史のことを勉強してみたいとは思いつつも、心の片隅において趣味として司馬遼太郎作品を読む程度に留まっていた。

 時は流れ、40歳を過ぎ、ふともう一度大学で歴史を学びたいと思い立ち、通信教育で歴史系の大学に編入学をした。それから2年、歴史を学んで卒業を目前にしている。

 歴史で身を立てようとは到底考えていないが、何か自分が調べたことや考えたことをアウトプットしたいとは思ったが、その方法をどうするかを考えあぐねていた。

 そんな時、かねてから行きたいと思いながらも行けずにいた司馬遼太郎記念館に訪れる機会を得た。膨大な書籍の量を前に改めて氏の偉大さを痛感した。

 と同時に、「時代的にこれだけの情報は書籍と足で稼ぐしかなかったが、ひょっとするとこの知識量はネットで補うことができないか?」という思いにもかられた。愚か者に他ならない。

 結果から言えば、まだまだネットだけでは補えないのであるが、自分なりに何か挑戦をしてみたいという想いに駆られて「グーグルマップをゆく」という現代の情報ツールを使ったアウトプット方法を実践してみることにした。

 そして、卒業論文のテーマとした一遍上人の踊り念仏について、論文では書き切れなかったことも踏まえて「一遍上人をたずねて」と題してラフに書こうと考えた。

 ペンネームで書こうと思い、司馬遼太郎さんが「司馬遷に遼か及ばない日本人」というところから名前を付けられたことを真似て、「司馬遼太郎に遼及ばない2番手以下の日本人」という意味を込めて、司馬という字を用いるのはおこがましいという気持ちで「斯波遼三郎」とした。

 ものを知らないというのは恐ろしいものである。noteを書き始めてから、世の中には歴史に詳しい人がたくさんいることに気づき、軽率に名前を付けてしまったことを後悔している。

 とは言え、名乗ってしまった以上、誰も小生のことなど気に留めないだろうと開き直っている。

 そうして、「100記事まで毎日更新」を目標として書き始めた。そして、これが100記事目である。ちょうど新年と重なったので、いい機会と思って自己紹介とした。

 今年は更新頻度を減らして、量より質を目指したい。

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