掌編小説『KIRA星の如く』

        あらすじ

 イベント企画会社勤務の「俺」はアイディアを作る力を鍛えようと、小説投稿サイトのお題に毎回挑んでいた。今回のお題は“星が降る、あなたは来ない”だが、多忙さもあって何も思い付いていない。
 締め切りである月末は流星雨の観測が期待されており、付き合っている彼女とデートなのだが、当日になっても何も具体的には固まっていなかった。追い込まれてやっと一つ行けそうなネタが浮かんだがタイムアップ。本当に星が降ってくるかのような流星雨の下、近くのレストランへと出掛けた俺達だったが。

         本文

「ねえ、もう始まる頃じゃないのー?」
 申し訳程度のベランダから夜空を見上げていた幹子みきこが、息を弾ませ振り返った。流星雨への期待が膨らんでいるんだなと伝わってきた。今日は新月で月は出ない上に、心配された天気も予報が外れて晴。雲一つないは大げさにしても、星がよく見える。
「そんなに待ち構えていなくても、大丈夫だって」
 俺はパソコンの前にあぐらを掻いて座っていた。今日が締め切りの小説を書いている、いや書こうとしているのだ。
 こんな記述をすると商業作家かと思われてしまうかもしれないが、違う。イベント企画会社に勤めるサラリーマンだ。
「まだ書けないの?」
 幹子が部屋の中に戻ってきた。回り込んで画面を覗く。
「タイトルだけできたんだね」
 ワープロソフトの一ページ、一行目には「吉良星」とだけ書いてある。
「それは仮題だよ。いや、仮でもないな。適当に思い付いた駄洒落」
 俺が書こうとしているのは、小説投稿サイトが半月ごとに出すお題に応じた短い小説だ。コンテスト形式で催され、上位には賞金が出る。小説としての善し悪しと一発勝負のアイディアをほぼ等分に評価してくれるから、小説を書き始めてからまだ浅い俺にもチャンスはあると思ってやっている。
 このサイトのコンテストに挑戦を始めたのはほぼ一年前からで、そもそもはアイディアをひねり出す力、ひらめき力というか発想力を鍛えるつもりだった。というのも、勤務先はイベント企画会社故、アイディアを出す企画部が花形。俺が勤める営業部でもどでかい契約を取ってくれば称えられるけれども、その場限りの打ち上げ花火。優れたアイディアを出して成功し、長く語り継がれるのは企画部だ。
 そんな業務形態だから、他の部署から企画部に転じたい者が大勢いる。会社側もよく分かっていて、転部制度が用意されている。月に一度、何でもいいから企画を最大三つまでこしらえて応募し、三ヶ月連続で認められれば、プレゼンテーションの機会が与えられる。プレゼンの出来次第で企画部への転出希望が叶うのだ。
 俺は最初、こんなシステムがあるのなら簡単に企画部に移れるんじゃないかと考えていた。が、これが非常に高いハードルで、入社以来、この制度で企画部に移った人がいるとは聞かない。十年間に二人いたかなという話が伝説として残っているだけだ。
 こんな経緯で、俺は小説投稿サイトのコンテストに手を出してみたのだけれども、これまた難関で、受賞はおろか、上位入賞もまだない。佳作止まりが二度あったのみ。約一年前に始めて欠かさず参加してきたので、二十数回で二回の佳作止まりとは率が悪い。
 今回のお題は“星は降る、あなたは来ない”というもの。この半月間は仕事が多忙で、書く時間どころか考える時間もあまり取れなかった。月末近くになってやっと時間ができ、うーむうーむと頭を捻ったが、とうとう締め切りの月末になってしまった。しかも間の悪いことに、今夜は何十年の一度の盛大な流星雨が期待できるとあって、前々から幹子とデートの約束を交わしていた。
「流星雨を見れば、いいアイディアが浮かぶかもしれないわよ?」
「確かに降るように星が流れるらしいな」
 言われなくても分かっている。俺自身、ひらめきを期待してテレビ番組の流星雨特集を見まくった。だけど過去のきれいな映像ばかり印象に残り、よいアイディアは浮かばなかった。
「しゃあない。降り出したら切り上げるよ。今回はパスかな」
「いいの? 連続挑戦もモチベーションの一つだって言ってたよね」
「それはそうなんだが」
 ともかくぎりぎりまで考えよう。
 打ち込んだ「吉良星」は「綺羅星」の駄洒落だが、そもそも「綺羅、星のごとく」がちゃんとした言い方であって、「綺羅星」なる星がある訳ではないのだから、駄洒落として成立していないことになるのかな。
 元の表現を踏まえて成立させるには、「きら、星」……「きらぁ星」……「きらあ星」……「きらー星」……キラー星?
 キラー星は使えるかもしれない。殺し屋、人殺しの星か。星が降るけど待ち人来たらずの背景には、、空からやって来た殺し屋星がその待ち人を始末したから。このままでは陰惨なだけだから、何らかの工夫は必要だろう。オブラートに包んで意味が分かると怖い話にするか、徹底的に擬人化して星マークに拳銃でも持たせてみるか。
 これで書くしかないかなとまとめに掛かったその矢先。網戸を通して外から「おおっ!」という声が散発的に聞こえた。
「どうやら始まったみたいだな」

 幹子は俺のことを気遣ってくれるし、俺は俺で幹子に悪いと思う。だからとりあえず飯だけは食いに行こうという話になり、出掛けた。食べ終わったらすぐに戻ってまた考える。店は歩いて五分ほどのところにある小さなレストランだ。
「おおー、本当に凄い、降ってる」
 テレビ番組で予習していても感動を覚えた。全天の星がそのままつーっと下に向けて移動を始めたかのようだ。何かもう、一発ネタ的なアイディアは今回は捨てて、この感動を文章にするだけで充分な気さえしてくる。
「立ち止まっちゃうね」
 幹子が上を見たまま、舌先をちょろっと出した。店に急ぎたいのに、ついつい流星雨に見とれてしまう。
「あ、飛行機!」
 小さな子供の声が叫んだ。目を凝らすと、流星とは異なる赤色の点滅する光が動いている。今自分達のいる位置から空を見上げて、飛行機は左下から右上に抜ける感じだ。
「あれに乗っている人達には流星、どんな風に見えてるのかしら」
「……現実的なことを言うと、飛行機の屋根に邪魔されて見づらいんじゃないのかな?」
「そっか。飛行機の周りを星が降っているわけないか」
 もしそうなるんだったらちょっと面白いが、それ以上に危なそうだ。飛行機に流星がぶつかりかねない。
 いつの間にか道が混雑してきた。これは見とれている場合じゃないぞと、店を目指して歩き始める。幹子の手を引き、人と人の間を縫うようにして移動する。
「あれ? 本当に星が落ちてきてる?」
 ふと、背後からそんな声がした。またも子供の声だったので、俺は心の中で突っ込んだ。おいおい、それを言うなら「本当に星が落ちてきているみたいだ」だろ、と。
 ところが。
 後方でのざわめきは徐々に広がり、大きくなっていく。大人達も「あれ何?」「嘘だろ」と口々に言い始めた。
 まさかと思った俺は、幹子と目を合わせて、それから振り返り、さらに天を改めて見上げた。
 次の瞬間には、さっき聞こえた声と同じように「嘘だろ?」と呟いていた。
 空には流星雨を背景にして、五つの頂点を持つ星形をした白い何かがいくつか浮かんでおり、段々とその姿を大きくしているように見えたのだ。目をこすって見直しても変わりがない。錯覚ではない。
「北斗七星が落ちてきた!」
 そう言ってはしゃぐ子供らがいた。なるほど、星形の物体は七つあるようだ。視力検査に使われたという小さい星が足りないが。いや、それこそ目がよければもう一つ、八個目の星形が見えるのだろうか。
「あっ」
 その場にいる誰もが、決め付けていたかもしれない。見え方が大きくなるのがゆっくりだったから、落ちてくるスピードもゆっくりで、最終的にはふわふわと漂うように舞い降りるんじゃないかと。
 だが、七つの星形は一気にでかくなった、ように見えた。
 その時点ではもう遅かった。
 五つある先端のどれか一つを下に向けて、星は猛スピードで真っ逆さまに落ちてきた。
 本当に星が降ってきたのだ。


<流星雨が見られるとあって全国で盛り上がっていましたが、水を差す悲惨な事態が発生しました。
 三十一日午後六時半頃、**県@@市内にて、文字通り星が降り、死者六名と多数の怪我人が出た模様です。
 警察と消防の発表によると、降ってきた星はイベント用に特注された特殊合金製の星形をしたモニュメントで、大きさは様々あるが重量は一つ数百キロはくだらないとのことです。まだ確認中ですが、N空港を十七時台に発った貨物便が、@@市の現場上空付近で何らかの不具合により貨物室のロックが外れ、輸送中の積み荷の中から星形のモニュメントが落下してしまった物とみて、調べが進められているとのことです。
 ――続報が入りました。亡くなった方々について一部、身元が判明しています。まず、同市在住の会社員、男性……>

 終

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