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#11 初めてのデート

会社を出るときはいつも少し後ろ髪引かれる気分で「お疲れ様でした」を口にするんだけど、今日は違う。できるだけ顔に出さないようにと、つい頰がほころんでしまいそうになるのを我慢してるんだけど、それでも気をぬくとうれしい気持ちがあふれてくる。

課長に「あれ、結城さん今日なんか機嫌良くない?」なんて中山さんの前で言われたら、恥ずかしくて真っ赤になりそうで怖いよ。

週末にドキドキそわそわしながら買ったピアスは赤色だった。ピンクとパールが並んだこぶりのピアスとどっちにするか最後まで迷ったけど、結局、ゴールドの少し長めのチェーンが揺れる赤色のピアスに決めた。少しだけ背伸びした。

中山さんには「何色が好きですか?」とは聞けないまま、1度もラインもできない週末を過ごした。奥さんのいる中山さんにラインをするタイミングはいつも気をつけている。週末は中山さんからメッセージが来ないかぎり、こちらから連絡はしない。

夕方6時前に私は席を立った。「お先に失礼します」と声をかけてオフィスを出る。それからトイレに入ってスマホを開く。

「どこに何時に行けばいいですか?」

少し待つと返信が来た。

「7時半にお店に直接でいいかな? お店はここです」

一緒に送られてきたお店のリンクを開くと、大人な雰囲気のイタリアンだった。

今日の朝ギリギリまで迷いに迷って選んだベージュのニットとふんわりしたスカートをまとった自分の姿を鏡で見て、この服装でよかったのかと不安になる。こんな大人なお店ならワンピースとかにしたらよかったかも。でもせめてブーツじゃなくてヒールを選んでよかったな。

私がレストランに着いたのは待ち合わせの10分ほど前だった。写真通りのおしゃれな外観で店内からはガーリックの香りがほのかに漂ってきた。入り口のドアを開けるのを少しだけためらっていると、すぐに店員さんが気づいてくれてゆっくり「いらっしゃいませ」とドアを開けながら声をかけてくれた。

とても洗練された雰囲気の店員さんに緊張感が増した。「ご予約の方ですか?」と尋ねられ予約の名前を言おうと思ったけど声にならなかった。私が「中山さん」と言うなんて、レストランで待ち合わせをしているという事実にすごく緊張したんだ。

「結城さん」

後ろから中山さんの声がした。背後に立った中山さんの気配に思う以上に驚いて体を思わず後ろに下げてしまった。一気に緊張が高まって、同時にうれしさが込み上げて、少し頭の中が混乱した。

今日は中山さんと初めてのデートなんだ。

お店の人に案内されて座ったら、中山さんが目の前に座った。顔をどうあげていいのか分からず、少し洋服を直したり、何か見るふりしてカバンを触ったり、ちょっと挙動不審になったかもしれない。

「ごめんね、仕事のあと待たせてしまって。お店、すぐ分かったかな?」

中山さんに話しかけられて、慌てて顔を上げて、「あ、はい。大丈夫です」と小さな声で答えた。ドキドキが止まらない。

「結城さん」

「はい」

「そんなに緊張しないで」

ふっと優しい笑顔で中山さんが私に言ったから、恥ずかしくて、でも好きって気持ちがあふれてきた。あぁ、中山さんが私だけを見てくれている。私だけに優しい笑顔で話しかけてくれている。こんなに幸せなことがあっていいんだろうかと、これ以上彼を好きにはなれないほど好きだと思っていた自分の好きがまた1つ増えるのを感じた。

今日のパスタの味なんて、きっとうれしすぎて味わえないだろう。それよりも、中山さんの穏やかな表情と、優しい言葉と、静かな動きをぜんぶ覚えて帰りたい。心がギュってなった。

「今日、川上さんの図面でね、ちょっと気になるところがあったんだけど」

私の緊張を解くように何気なくいつも通りに、ごく自然と話し始めてくれた中山さんの姿を見つめながら、こんな素敵な時間がこれからも何度も持てることを強く願った。


1575文字

#短編小説 #連載小説 #中山さん #赤いピアス #イタリアン

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

『中山さん』はシリーズ化していて『まさか書いてしまった小説たち+たまに自己分析』マガジンに掲載しています。同じトップ画像で投稿されています。






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