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理由は。

あちこちで紫陽花を見かける季節になった。天気予報によると今日の降水確率は60パーセントだったけど、退社時にはまだ雨は降っていなかった。

家の近くのコンビニに寄った。夕食後に甘いものが欲しくて、プリンを選別する。やわらかめのを2つ手に取ってレジに向かおうとしたとき、スマホの着信音が鳴った。

プリンを一旦棚に戻し、バッグからスマホを取り出したら、光る画面に現れた名前は「秋山」だった。

秋山・・・驚いた。

「もしもし」
「あ、川瀬?」
「うん、秋山?」
「うん。久しぶり」
「え、久しぶり、っていうか突然過ぎてびっくりしてるんだけど」
「ごめんごめん」
「何、どうしたの?」
「いや、今何してる? 家?」
「ううん、コンビニ」
「仕事帰り?」
「うん、そう。スイーツ買おうかなって」
「おー、プリンか?」
「あ、うん、プリン。どうして分かるの?」
「いや、川瀬はプリンだろ」
「えー」
「昔からプリン好きだったよな」
「そんなのよく覚えてるね」

棚のプリンを視界に入れながら久しぶりすぎるくらい久しぶりに秋山の声を聞いた。なつかしくて胸がじんとしてくる。

コンビニのなかで話すのは迷惑だから、外に出た。しっとりと湿り気のある夜風が流れている。

「お前、電話番号変えてなかったんだな? 繋がって逆に驚いた」
「うん、ずっと変えてない。秋山もでしょ。名前出たもん」
「そうだな、俺も変えてない」
「もう長いよね」
「かなりだよな。もうすっかりおっさんだし」
「でも秋山、声、変わってないよ」
「川瀬はちょっと声低くなったな」
「何それ、なんか老けたって言われたみたい」
「そんなこと言ってないけど、まぁあれだ、大人になったってことにしとくよ」
「大人って、ずっと前から大人だけどね」

あのころのままだ。こんなふうによく軽い会話をしてた。変わらないやりとりになんだか安心して互いに笑い声を漏らす。そのあと少しだけ沈黙になった。

もうずっと年賀状とSNSだけの付き合いだったのに突然電話がかかってきた。その理由を確かめようかと思ったけど、確かめなくても分かる。心配して電話をくれたんだろう。年賀状に「私も一人になったよ」って書いたから。

その返事がこれなんだ。

「秋山、電話ありがとう。なんかさ、声聞けてうれしい」
「うん、俺も川瀬の声聞けて、よかった」
「うん」
「川瀬」
「ん?」
「大丈夫か?」

ほら、やっぱり秋山は優しい。

何かが始まる予感。


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