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月と桜

あなたの名前をコンピュータに打ってみた。数ヶ月ぶりかな。こうやってあなたの足跡がネットのどこかにないかなって探すのは。

あなたと別れてからもう6年が経つ。あなたじゃない人と結婚してから2年。でもまだあなたを忘れられないなんてバカだなって自分でも思うけど、私はときどきこうやってあなたを探す。

あなたのフルネームを打って画面をスクロールする。

あなたと同じ漢字を探す。少しめずらしいあなたの漢字がヒットすることは今までに一度もなかった。きっとあなたはその漢字を使わずにローマ字で自分の情報をネットに置いてるんじゃないかな。

そう思ってローマ字のあなたの名前をいくつかクリックした。開く先に知らない笑顔の男性がいる。期待はもうしていない。なんとなく流れ作業のような指の動きになっている。

それから名字だけで検索をかける。

もう結婚したのかな。奥さんとかがヒットしたりしてね。知らない女性の名前をいくつか開いた。

そのとき後ろ姿があなたに似た小さな写真が目に入った。私はゆったり椅子にもたれていた体を慌てて起こして、その小さな写真をよく覗き見る。

似てる・・・。

首や肩の雰囲気、立ち方、なんとなくあなたに似てる。もしかしてあなたかもしれない。女性の名前が目に焼き付いた。

YUKA OHSAKI

あなた好みのふんわりした後ろ姿の女性と腕を組んでいる二人の写真がSNSのプロフィール画面に設定されていた。

心臓が高鳴るのを感じた。

そのとき玄関のほうから夫の声が聞こえた。

「ただいま」

慌ててコンピュータを閉じて立ち上がる。そんなに慌てて立ち上がる必要もないのに、急いでしまう。とても後ろめたい気持ちが私を急がせたんだろう。

YUKA

頭のなかでその名前を何度も繰り返す。

夕食の準備にキッチンに立った私は手に包丁を持ったまま動きを止めて、目の前の小窓を見つめた。月明かりに照らされた夜桜が見える。夜桜がこんなに妖艶に見えるのは月のせいなのか私の心のせいなのか、どっちなのかと心の中で自分に問うた。


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