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#6 いちご味のクッキー

「さやかは、好きな人とかいないの?」

年末に帰省しているときに母が私にそう聞いた。ふと思いついたっぽい顔で聞いてきたけど、たぶんいつ聞こうかと機会を伺っていたんだろう。食卓に積まれたみかんとクッキーを眺め、母からの視線をわざとそらしながら「うーん、今はいないかな」と答えた。中山さんの顔を頭に浮かべながら。

働き始めて3年ほどが経つ。今、彼氏はいない。晩婚化が進んでいるけど、そろそろ彼氏、もしくは彼氏候補の男性の影があった方が良さそうな年齢だと母は思っているんだろう。

中山さんは私の彼氏ではない。彼氏候補でもない。だって彼には奥さんがいるからだ。設計の仕事をしている彼は私の上司にあたる。私は彼から仕事の指示を受けながら、彼の事務的なサポートをする立場にある。まだ右も左も分からなかった私に、何度か迷惑をかけるミスもした私に、いつも丁寧に私の何がまずかったのかとかをきちんと教えてくれる、そんな真面目で優しい男性だ。

「結婚とか考えたら、そろそろ彼氏つくったほうがいいんじゃない?」

と母はみかんを剥きながらポソッと言った。もう3つもみかんを食べたのにまだ次のみかんを食べようとする母は冬になるとみかんの食べ過ぎのせいで手が黄色くなっている。

「会社に良さそうな人はいないの?」

中山さんがいるんだよ。中山さん。本当はそう言いたかったけど、まさかそんなややこしいことは言えない。中山さんを好きだと気づいたときもどうしてもそのことを認めたくなかった。近くにいるからなんとなく好きな気がするんだろうとか、上司として、人として好きなんだろうとか、いわゆる恋愛の好きではないと思おうとしたけど、うまくいかなかった。

はじめは自分の気持ちを確かめたくて彼をときどき見ていたように思う。それがいつの間にか目で彼を追うようになり、好きだという気持ちが止まらなくなって、彼の姿を、彼の声を、彼が視界に入らないときでも彼の気配だけでも感じようとしてしまう自分がいた。中山さんが鉛筆を走らせるシャーっという音でさえも愛しいと思うほどの重症になっていった。

告白するつもりはないし、どうせ想いは届かない。だから終わりの見えないこの恋心をなんとか消そうとしてきたけど、消えるどころか膨らむばかりでもう自分ではどうにもできない。どこにも向かえない。母には申し訳ない。このままだと結婚できないことになる。

でもそんなこと言えなくて心苦しい気持ちを抱えたまま、母へのお土産にと持って帰ってきたクッキーを1つつまんでポリポリと噛んだ。中山さんが前に部署のみんなに持ってきてくれたクッキー、イチゴ味で甘酸っぱかったなぁとか思い出した。

テレビではお笑い芸人が面白いことを言っては観客を沸かせている。面白いと言えば面白いけど、私の頭の中は中山さんが浮かんでは消えるを繰り返していた。ちょっと苦しい。ううん、かなり苦しい。

今頃、中山さんは奥さんの実家にでも行っているのかな、と思いながらまた1つ、クッキーに手を伸ばした。


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#短編小説 #連載小説 #中山さん #帰省 #クッキー #結婚

『中山さん』シリーズはこれが6本目です。それぞれ1つで完結っぽくまとめていますがシリーズ化しています。時系列はめちゃくちゃで行ったり来たりしていますが、少しずつ細かい設定が作られていっていて、今回新しく設定されたのは彼女の下の名前です。6本目にしてやっと「結城さやか」となりました。今後とも中山さんを好きすぎる「さやか」をよろしくお願いします。

続きはこちらです。

第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。

中山さんに恋しているバカな私についてはこちらです。

『中山さん』シリーズは『まさか書いてしまった小説たち+たまに自己分析』マガジンに掲載しています。トップ画像をすべて同じものにしているので探してもらいやすいと思います。


お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨