見出し画像

ゆらめく煙

「もう終わりにしよう」

ベッド脇にあるテーブルの上のタバコを手に取りながら、あなたがゆっくりそう言った。

私を見ることもなく、何のためらいもなく別れの言葉を口にした。

どうして? と聞きたかったけど、聞かなかった。だって理由なんて聞かなくても分かってたから。

私には夫がいる。あなたには奥さんがいる。

私たちの関係はいつまでも続けられるはずがないから。

ただやっぱり聞いてみたかったことがある。言っていい?

「ねぇ、私のこと、愛してた?」

あなたはタバコに火をつける手を止めた。


奥さんに何度もやめたほうがいいと言われたタバコをあなたはやめない。

でも私はあなたにタバコをやめるように言ったことはない。

あなたはもっとちゃんと食事をしてと奥さんに言われてたけど、食べたくないときは何も食べない。

私はあなたにもっと食べるように言ったことはない。

あなたは毎日家には帰ってきてと奥さんに言われてたけど、たまに帰らない。

私はあなたに会いに来てと言ったことはない。

私はあなたがタバコまみれの肺になっても、栄養失調になっても、知らないうちにどこかで一人で倒れてしまっても、きっと何も言わない。

あなたが嫌がる言葉は1つも言わない。あなたには何も求めない。

そんな私にあなたは気まぐれに連絡をしてくる。私はかならずあなたに会いに行く。あなたが望むならいつでも会いに行く。


「もう終わりにしよう」と言われれば私は断らないことをあなたは知っている。

そう、私はあなたを引き止めない。

だから今日が最後の夜になる。

最後の夜に、あなたが一番言われたくないことを投げかけた。

「ねぇ、私のこと、愛してた?」って。

あなたは少し手を止めただけで、すぐにタバコに火をつけてふわりと煙を口から吐いた。

分かっている。あなたが何も答えないことを。あなたが私を愛してなかったことも。

そのタバコを吸い終わったらあなたはこの部屋を出て行くだろう。

もう二度と、私には連絡してこないだろう。

私とあなたの間に残された時間は、その一本のタバコの煙が生まれては消える、あとたった数回の時間だけ。

ちゃんと煙の最後の消えゆく瞬間を見ないといけない。しっかりと心に刻もう。


もう私はこの今でさえも、すぐそばにいるあなたの体に触れることができない。

これ以上、あなたに言葉をもらうこともない。

ずっと、愛してほしかった。

都合のいい、聞き分けのいいこんな私を愛してほしかった。

私はあなたの吐く煙さえも愛してる。


#短編小説 #超短編小説 #愛 #別れ #タバコ #煙





お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨