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戦略的モラトリアム【大学生活編】(39)

「君は弊社に入社して、何ができると思う?」
「……生徒に対して真摯に向き合い、青年期の心の葛藤を理解し、信頼関係を……」

どこかで聞いたような耳障りのいい言葉が次々と口から湧いてくる。

就職活動の面接ではトリッキーな答えよりも、常道がいいに決まっている。自分はネットで聞きかじった情報を鵜吞みにし、そのスタンスで今ここにいる。

「さっきのPVを見て、何か感じることはありましたか?」

「あ、あの山合宿……研修の映像ですか?」

「はい、そうです」

とても言いにくいことだが、できるだけ正直に伝えたい……

「感情表現が豊かだな……と」
「そうなんだよ。人と人のコミュニケーションが中心の仕事だと、それが重要になってくるの!わかる?」

全然褒めてぇし、言い当てたくもなかったわ。あのどこかの新興宗教のような集団に自分も加わるのかと思うと、今まで積み上げてきた知性を全てドブにぶちまけるような絶望そのものに包まれるようなものだ。

ある程度の面談を終えると、結果は後日メールでと言われ、自分は大都会の真っただ中に解放された。
このまま帰るのもなんだから、少しブラブラするか……

昼下がりの東京のオフィス街は足早にどこかしらに向かう人が疎ら。昼過ぎだからだろうか、昼食休憩は終わり、みんなビルの中なのか?

少し物寂しい東京の一面を見た後に地下鉄に向かう。

早くスーツを脱ぎ捨てたい!!

今の自分の姿をふと見たときにどうしようもない後悔と、残された大学生活の愛おしさがどっと自分の体を震わせた。

今の会社に入れば、もう待ったなしだ。猶予期間が終わり、自分の人生が一方向に決められる。後は老いるまで、少しずつ自分を摩耗しながら生きていくだけだ。何もないままに。

自分はなんてことをして貴重な1日を無駄にしたのか、帰路で痛感した。

アパートにつくと、スーツを脱ぎ捨て、Tシャツとスウェットに着替える。

夕方の薄暗い室内に電気も付けないまま、ただ考えていた。

自分っていったい何がしたいのだろう。

今日、しでかしてしまった就職活動を後悔しながら、自分はいったい何に悔しがっているのかを自分で問うた。

初めてかもしれない。
自分が何をしたいのか、真剣に考えた。


『ナインティーナインのオールナイトニッポン!!』

深夜1時をまわり、自分の答えが出ないまま瞳を閉じた。

そして、またいつもの大学生活が明日も続くのだ。きっと続くはず……少なくとも2月くらいまでは……その後は……?

答えの出ない自分の気持ち・自分の本音

きっと空っぽなんだ。何も考えていないから答えが出ないのだろう。

そう、そんな浅はかな人間なんだ、ボクは。わかっていたことじゃないか。


強制的に自分を納得させ、またモラトリアム人間に戻っていく。一抹の不安を抱えながら。その不安は小さいが、確実に自分の心に芽吹いていた。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》