復興シンドローム【2015/03/21~】⑩

「土下座しろーーー!!」

 

反対側の車線で通行証確認作業をしている車両から突然怒号が響き渡った。

対応している隊員もどうしていいか分からず、対応できずにいる。車が突然動きだし、検問所の開閉バリケードに近づく。常軌を逸している怒声が次第にこちら側に近づいてくる。隊員が必死に誘導棒で止めようとするが、制止も聞かない。やせ形で50代位の男性だろうか。とにかく騒いでいる。覚醒剤でも打ってんじゃないの?と頭にふと浮かんでしまうほどの反乱。いや、混乱。

 

 

「携帯でナンバーおさえて」←写真を撮ってという意味

 

隣にいた隊員にそう言うと、ボクはその修羅場に近づいていった。

「どうされましたか」

できるだけ慎重な面持ちで声をかける。

 

「おう、地元に帰ってきたのに、通れねえってどういうことだよ!おい!通せ!」

 

「お墓参りか何かですか」

 

「うるせぇ!通せって!」

 

「通行証お持ちですか」

 

「通せよ!土下座して謝れ!!」

 

「少々お待ちください」

 

自分でも振り返ると、恐ろしいくらいに冷静だった。だから、彼の声もただの都会の喧騒にくらいにしか感じていないほどの無感情。横のプレパブ小屋に入ると、隊員さん数人が外の様子をうかがっている。

「地元民か?」

「やだねぇ。帰れよ、もう」

「通行証ないんじゃどうしようもない」

「地元民なら役場に行けばすぐに発行してくれるのに・・・・・・」

「それも嫌なんだって」

「俺らに土下座させて、それで気が済むのかね」

「してこようかなww」

 

とっさに会話に入り

「それはやめておきましょう。次に金銭要求されたらどうしますか。土下座をさせるだけでも威力業務妨害になりますが、そこまでする必要もないでしょ。地元民で被災者なんだから」

自分でも驚くくらい冷静で、単調で感情のない冷淡なボクがそこにはいた。一応被災者だからしょうがないという、ボクらの暗黙の了解がそこにはあったのかもしれない。だが、そのときの自分には被災者に対する哀れみや同情は皆無であった。窓の外で相変わらずの怒声をあげている動物を必死になだめる出稼ぎ労働者の群れを見ると、とても末期的な福島の今を見ているようで、本当か悲しくなるはずなのだが、なぜかそのときのボクは妙に冷静で、冷淡で、驚くほど残酷な人となっていた。

 

「110番します」

すぐに電話を取ると、連絡をした。

 

「事件ですか事故ですか?」

 

電話口の向こうから、冷静な声が聞こえる。

 

「事件です。こちら福島県の○○を警備している○○です。ただ今、原子力災害関連の法律に基づき、通行証証確認の上、帰還困難区域の入域・退域確認業務をしております。一人の通行者が無理矢理バリケードを突破し、帰還困難区域に入域しようとしています。こちら側と致しましては、危害を加えられそうで、命の危険も感じております。ナンバーは○○○です。車種は〇〇、色は○○です」

 

驚くほど冷静だった。ある程度の情報を伝えた後、災害対策本部、会社に連絡し、報告書にもまとめた。すると、例の車両からの怒声はさらに勢いを増した。誰だろうと構わず「土下座しろ!謝罪しろ!」とわめき散らしている。

 

ボクは再び外に出ると、彼をなだめるような対応はしなかった。

 

「どうしたいですか」

「うるせぇ!謝れ!土下座しろ!!」

 

「ここから管理区域に入りたいのですか」

「土下座だ!!早くしろ!」

 

ボクはゲートを開くと、その車両を入域させた。それは警察や災害対策本部の指示もあってのことだが、ボクは何も言わずに黙ってゲートを開けたのだ。隊員さんたちには自分から説明し、身の安全を確認し合った。

「なんなんだ!あいつは!」

激しく憤る70代の年配の隊員さんには

「ホテルに帰ったら、水戸黄門の再放送でも見て、ゆっくりしてください」

と、なだめた。

「これじゃあ、どんなに被災者だって・・・・・・」

お互いに慰め合う。

 

そうしているうちに赤色灯をともしたパトカーが数台、区域内に勢いよく入っていった。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》