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【連載小説】贋作①

『本物がないのに、偽物があるはずないではないか。』加藤唐九郎

〈僕〉
🎶きみぃ〜のためぇ〜にぃ〜夢ぇ〜とぉ〜希望をぉ〜運ぶぅ〜ABCうぅんそぉ〜🎶

社宅の駐輪場で社歌を口ずさみながら相棒のHONDA CB400スーパーフォアの日常点検をして勤務開始するのが毎朝のルーティーンだ。

上京してもう6年経つ。

実家の定食屋を継ぎたくなくて、高校卒業を機に田舎を飛び出した。

特にやりたい事もなかったが、とりあえず東京にいけば何か見つかるだろうと思ってノリで上京してみた。

親からは勘当状態で実家には一度も帰っていない。

上京したての頃は就職活動にかなり苦戦したが、16歳の時に幼馴染の春樹と一緒に取った中型2輪免許が活きて運送会社のバイク便ライダーとして働き始めた。

決して楽な仕事ではなく高収入でもないが、それなりには充実している。

今日も7件の依頼をこなし、そろそろ定時が近づいてきたのでコンビニ前で煙草を燻らせていると、本部のアイドル山崎ちゃんから電話が入った。

「佐々木さんっお疲れさまで〜すっ⤴︎⤴︎」

「ザキちゃんお疲れっーす」

「こんな時間にほんと申し訳ないんですけど〜っ⤵︎⤵︎
ついさっきご依頼の電話があって〜っ⤵︎⤵︎
時間的に断りたかったんですけど〜っ⤵︎⤵︎
私って頼まれ事断るの苦手じゃないですか〜っ⤵︎⤵︎
だから断れなくって〜っ⤵︎⤵︎
で、頼れるのは佐々木さんしかいなくって電話しちゃいましたっ⤴︎⤴︎」

まじかっ。。
残業じゃん。。
昨日発売のFFシリーズ新作やんの楽しみにしてたのに。。
ただ僕も僕で頼まれ事を断わるのは大の苦手だ。。

「了解!今空いてるし全然いいよ!」

「さっすが佐々木さんっ♡今から送る住所に大至急宜しくですっ♡⤴︎⤴︎」

すぐ住所がメールで届き、僕はアクセルをふかした。


〈佐藤〉
「お前らこの状況どうするつもりなんだっ!!」

佐藤の怒声がフロア全体に鳴り響いた。

佐藤は幹部全員を社長室に集め、喚き散らしている。

床には割れたガラステーブルや花瓶の破片が散乱している。

佐藤家は祖父の代から骨董品ビジネスを営んでおり、世界各国から古美術品やアンティーク家具を買い付けては富裕層に向けて販売している。

業界で佐藤の名前を知らないものはおらず、云わば骨董界の重鎮である。

話を戻すと、冒頭の佐藤の怒りはとある依頼に起因する。

佐藤の会社は骨董品を扱う傍ら、裏では贋作製造や黒い仕事を多数請け負っており、そっちの方が本業と言っても過言ではない。

今回の依頼内容はこうだ。

クライアントのニコラスは佐藤の昔馴染みの太客で、主にアジア圏の骨董品の贋作を欧米向けに輸出して荒稼ぎしているブローカーだ。

たまにニュースでも目にする某巨大犯罪組織の幹部の顔も持つ。

ニコラスの属する組織は金の力で各国の政財界にも強大なコネクションを持ち、フロント企業を使って定期的に贋作を使った詐欺オークションを開催している。

今回はアメリカで行われるオークションに出品予定の10点の贋作製造依頼だった。

最近の欧米での日本ブームの再過熱で日本の骨董品の価値も爆騰しており、今回の総落札予定金額は数百億円にも及ぶ。

佐藤の会社には日本で5本指に入る贋作職人が5人在籍しており、彼らは寝る間も惜しんで“最高の仕事”をこなし、ベテランの鑑定士でも気づく事はない本物(贋作)を作り上げた。

最後の作品が昨晩完成してニコラスに完成の連絡を入れた。

一週間後にニコラスと組織の人間が来日し、作品の確認を行ってそのまま引き渡しを行う段取りとなった。

報酬については前金として30%は既に入金されており、残りは引き渡しと同時に振り込まれる手筈だ。

佐藤は久々の大仕事の完了に向けて、昨晩は興奮して寝られずいつもより酒の量が増えた。

翌朝、深酒が効いたのかいつもより遅い時間に目覚めると、携帯の画面が専務の三木からの着信で埋め尽くされている。

何事かと寝ぼけながらも三木に電話をかけた。

ワンコールでつながり佐藤が声を出そうとすると 

三木が被せ気味で

「社長大変な事が…….」

「朝からなんなんだよ」

「社長のご自宅に車を待機させているので大至急いらしてください」

「だから何が起きたんだ?」

「大変申し訳ないのですが事が事でして、直接ご報告させて頂きたいのです….」

車は本社前ではなく本社に隣接している巨大な倉庫の前に止まった。

車から降りると、佐藤は自分の目を疑った。

そこは贋作制作アトリエ兼保管倉庫で、防犯用に特注で作らせた特殊な金属製の堅牢なシャッターにぽっかり大きな穴が開いている。

「なんだこれは」

急いで穴をくぐって中に入ると引き渡す予定の作品が全て消え去っていた。


・・・・・


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