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短編小説 「たから乙女」

宝くじを毎回買っている。
今までで当たったのは300円だけ
それでも大金を夢見て買い続けている
1億円当たったら、家を出て一人暮らしして、もっと良いマンションに住むんだ。
こんな暮らしとは早くおさらばしたい。

買い続けていれば、いつか必ず当たる。
絶対に当ててやるんだ。

給料は恥ずかしくて人には言えない。ちっとも上がらないし
家にお金も入れている
もっと媚びたり、女っ気あれば少しは給料アップはできたかも
つくづく損な性格

あ〜あ
何かいいことないかなぁ。

お昼のお弁当だけは食べたいものを買うようにしている。
1000円は超えてしまう。
正直、これしか楽しみがないのだ。

私の人生、このまま終わるのかなあ

宝くじを買うようになったのは、職場の上司の影響だ

「宝くじはロマンだ」

と言われてからずっと買い続けている

ロマンかぁ

万が一当たった時は窓口ではなく、こちらへどうぞと銀行の別室に呼ばれるらしい。
その時に冷静な表情をしていられるだろうか
父親にだけはバレたくない
全部持っていかれてしまうからだ。

家計を助けるために、母には少しあげないと
そうだ母のためなのだ。

母は家計を支えるために、朝から晩までずっと働いている。

ある日、突然上司が変わった。
突然、若い女性になった。
若いといっても、私より一回り年上くらいだが

なんだか綺麗。私とは別世界の人みたい。都会の香りがした。
一見冷たそうだなぁ。いじめられたらどうしよう
でもそんなの慣れっこ、やり返してやればいいんだ。

緊張しながら出勤した。
なんか全然違う
前の上司は、どかっと座っていただけだったのに
えらいなんだかちょこまかちょこまか動く人だなぁ
営業もなんだか群を抜いているし
でもどうやらいじわるな人ではないみたい。

だけど無駄口がない
前の上司は、うちの母ちゃんはああだの、こうだの一日中喋っていたのに
仕事のことしか考えていないようだ
どんな人かよく分からないな

まぁいいや。

業績は少しずつ上がっていった
それと共に少しずつ会話も出来るようになった。

独身で料理が好きらしい
休みの日はショッピングなど必ず出掛けていて
芸術が好きとのこと。

やっぱり私とは違うなぁ

そしてついに聞いてみた

「宝くじとか買わないんですか」

一瞬、しん、とした。

え、何、聞いちゃいけなかった?

次に返ってきた言葉は

「何のためにそんなもの買うの?」

「え、だって宝くじはロマンだって前の上司も言ってたし」

あれ、私間違ってたのかな
ずっと信じてたのに

「私、そういう無駄なものにお金使わないのよ」

!!
無駄なもの⁈
私が長い間ずっと信じて夢見てきた宝くじ伝説を無駄なものだなんて
私は正直むっとして聞いた

「どこが無駄なんですか」

淡々と答える

「全てが、買ってる時間、当たるまで待ってる時間、全てが無駄な時間。
そんなことをしているヒマがあったら、せっせと自分のキャリアを磨いた方がよっぽどお金が貯まるわよ」

私ははっとした。

確かにその人は、ブランドこそは身に着けてはいないものの
服やバック、そしてなにより全体的に洗練されていた。

前の上司は、、?
いつもよたよたのスーツにくたびれた顔
だんだんと薄くなっていく頭
ボーナスもどんどん減らされていくとぼやいていた。
あげくの果てに、追い出されように会社を去っていった。

うっうっうっ

ずっと宝くじ伝説を信じてきた私の時間を返せ〜

これからは仕事に励もうと思った。
業績を上げよう
業績を上げたら給料も上げてもらおう
あの人のように

なんだかんだいってドライだけれど、その人は優しかった。
「たまにはゆっくり休憩してきたら?」とか
たまにご馳走してくれる時もあった。

次第に自分もいつかその人のようになりたいと思うようになった。

よってその人が退職すると聞いた時は
世界中の窓ガラスが砕け散ったような感覚を覚えた。

結婚により、遠くへ行ってしまうのだとか。

所詮、私とは違う人間なのだ
彼女のような人は、それなりの人と幸せになる権利がある。

私とは違うのだ

寂しさを堪えながら、それでも彼女が残してくれたもの
行動の足跡を思い出し
私は今日も歩いている。

宝くじは、もう随分長いこと買っていない。

宝くじにすがるよりは、私は自分に自信を持ちたい。

いつか、あの人のように。

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