見出し画像

短編小説「まなざし」

伸夫は夜勤のコンビニ店員である。

起きて仕事をする毎日を繰り返している

きゅうきゅうで、他のことを考えるゆとりがない。

今日は父の命日

あれから5年が経つ

「父さん」

写真にぼそっと呟く

家にちっとも帰っていない
母さん1人で寂しいだろうなぁ

さて、と出勤する準備をするとスマホの着信がなる。

「伸夫」

母さん!

「あんたちっとも帰ってこないから、心配してたのよ
少しは顔見せに来たら?」

「うん」
とだけ答え、伸夫は少し詰まる。

「なかなか休みが取れなくて、帰れそうにないんだ」

「そう、体に気をつけてね」

電話をきると,やるせない気持ちになった。

いつになったら胸を張って家に帰れるんだろうか

今日は外国人の女の子の出勤日だ

なんとなくやりずらさを感じている

何がやりずらいかって

店員同士でぺちゃくちゃお喋りをしている
お客さんに丸聞こえ

よっほど注意をしようと思ったら
レジにお客さんが来たとたん
ピッと的確に対応する

しかも早い

伸夫をますます自信喪失にさせているのは
この要領の良い外国人店員だ。

お喋りといっても外国語なので何を言っているのかは分からない
しかも、やたらと楽しそうだ。

自分もこんなふうに要領よく生きれたらもっと違う人生を歩めたのだろうとも思った。

午前6時、さて終わりの時間だ

伸夫が控え室から帰りかけると、入れ違いに店長が入ってきた。

「おお、お疲れさん」

「あ、店長、お疲れ様です」

「毎日遅くまでありがとうな」

と言い、店長は少し間をおくと

「あっと、昨夜なんだけど、外から店の中をじっと見ている人がいて、物騒な世の中だから気になってね。どうも君を見ていたみたいなんだけど、知り合いかな?」

「えっ!」

伸夫は驚いた顔をし
「全然気がつきませんでした
やだな〜誰だろう」

母さんかな
でも働いている場所は言ってないし 

「たまたま通りかかった人じゃないですか、全然心当たりないですよ」
と答えた。

「そうか、やけにじっと見ているからちょっと気になったんだ。ならいいや、ゆっくり休めよ」

店長はぽんっと肩を叩き奥へ去っていった。

家につくと伸夫は簡単な食事を済ませ布団に入る。

外国人の女の子の会話が妙に耳につく

あの二人は入った時期は違うけど確か同じ国だったな
故郷の話でもしていたのかな

自分もあんな風に楽しそうに話せる人がいたらな

ふ〜と眠りにつく。

そして起きてまた出勤

同じことの連続だ

今日はやけに疲れている。

そういえば最後に休みをとったのはいつだろう

とにかく時間になったら切り上げてさっさと帰ろう

なんだか頭が重たい

帰り際、店長がまた入れ違いに入ってくる。

「あ〜例の人また来て見てたよ」

伸夫は驚き
「えっ?何だろう、気味悪いなぁ
どんな人でした?」

店長は少し考え込んで

「それが妙なんだよね。この寒いのにコートも着ないで
赤いチェックのシャツにベージュ色のパンツのちょっと年老いた男の人だったよ。上のマンションの人かな〜」

伸夫は黙り込み無言のまま帰った。

家につくと、戸棚に飾ってある写真をじっと見つめる
赤いチェックのシャツを着た
「父さん」

僕を見ていた。

何も誇れるものがない自分

恥ずかしくて家にも帰れなかった自分

こんな自分を見ていてくれた

気がつくとぽたぽたと流れ落ちてくる

何か一歩でも良い
自分を変えてみよう
動いてみよう
どんな事でもいい

まずは笑顔になるからことから始めてみよう

出勤したら、スマイル
お客さんにも、スマイル
帰るときにも、スマイル

これだけでいい
自分を変えられるのは、自分だけ

この調子で歩いていこう

伸夫は次にスマホを手に取り

「あっ母さん、伸夫だけど、今度の休み帰れそうだ」

伸夫と母親の笑い声が聞こえた。

この記事が参加している募集

文学フリマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?