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「運べるデスク」のデザインの裏側 〜形態は機能に従う〜

コロナ禍をきっかけにデザインユニットである私たちが1年がかりで作り、5月ようやくリリースとなったモバイルワークデスク「デスクエニウェア」。前回の記事ではもう一人のメンバーがデスクエニウェア誕生の経緯とそこにこめた想いを語ってくれました。今回は、プロダクトデザインの視点から製品に迫ります。

デスクエニウェアは現在マクアケにて先行販売中です!(5/30まで)
たくさんの応援購入ありがとうございます。本当にうれしいです。

さて、今回のテキストはプロダクトデザイン担当の白川から。シンプルな見た目に至るまでには、そこに見えない複雑なエピソードがありました…

かたちあるプロダクトの宿命とゼロベースの苦労

まず最初に触れておきたいのが、工業製品をつくるということは常に理想と現実のギリギリのすり合わせであるということ。
目標としたい製品クオリティを担保しつつも、売れる数を予想しながら最終的な価格を見据え、その中でなんとか赤字にならないようにやりくりします。こういう加工ができたら簡単に見栄えする・要望を満たせるというアイデアがあっても、コストフルになって本当に必要な人の元に届けられるものにならない、ということの連続です。
とくに、今までなかったジャンルのものを開発するのはセオリーが一切なく、完全に手探りです。
金型を製作できるほど量販できるのか、手加工は人件費がかかる…など、前提条件で設計はいかようにも変わってしまいます。

デスクエニウェアは、在宅ワークで感じた課題に対して元々答えのなかったところからのゼロベースでのデザイン。いくつも前提条件のクリアにはたくさんのブレイクスルーが必要でした。いつできるかなど予想しようもないので、デスクエニウェアには大枠のデザインが決まるまで開発スケジュールもありませんでした。すべては私のやる気にかかっているという…こんな開発スタイルは普通の企業ではなかなかできないと思います。

「形態は機能に従う」 - ルイス・サリヴァン

それぐらいタイムレスにアイデアを練り込んだため、私自身、デスクエニウェアにはデザインにおいてかなりの満足と自信があります。およそ1年間、じっくりイノベーティブな製品づくりに没頭できたのは幸せなことでした。
デスクエニウェアのデザインには余計な装飾などは施していません。本当にこうであってほしいという在り方や機能から素直に形ができた、見た目もサイズもミニマルなデスクです。その結果、他とは似ても似つかないほどユニークなスタイル・設計となりました。
ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う」という有名な言葉があります。モダンデザインの代表的な建築家が残したものです。学生時分に聞いたその言葉の意味を17年経ってようやく肌で実感できました。

具体的に、この形に至った背景をひとつひとつ説明します。

姿勢をデザインする - 段ボールからスタートするプロトタイピング

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デスクエニウェアは奥側の最厚部分で約10cmの高さで、約10°の角度がついています。
これは、ソファに座って作業をしたときに適切な姿勢になるように最適な高さと角度を試作を繰り返して突き止めた結果です。

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サイズ感や角度などを検証するため、最初はとにかくスピード重視、段ボールでプロトタイピングすることろから始めました。ちなみにあのダイソンも形状検討を最もスピーディーに繰り返せることから、プロトタイピングは段ボールなんだとか。

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実際に身体やシーンにフィットすることが重要なテーマのプロダクトでもあることから、デスクエニウェアの開発は本当にプロトタイピングのスパイラルでした。段ボールから始まり、木工、レーザーカット、切削、ミシン…様々なツールが使われています。これらを操るスキルとノウハウを獲得することも、プロダクトデザイナーならではの矜持です(ミシンは初めて使いました)。

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モバイルワークデスクとクッションテーブルの違い

新ジャンル「モバイルワークデスク」を定義する「デスクエニウェア」の構造は大きく、板とポケットとクッションから成っています。
当初は板とクッションをくっつけてクッションにポケットを空けたいわゆる「クッションテーブル」の亜種といえる構成で考えていましたが、見た目がしっくり来ず、「ワークデスク」を名乗るにはもっとふさわしいイメージがあるのでは?と思わずにはいられない点が目立ちました。

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生地の部分(柔)と板(剛)の部分から構成されるプロダクトはけっこうレアと言うか、参考にできる事例がほとんどありません。

また、問題は見た目だけでもなく。どうにも必要な機能を果たさない点も多くありました(こちらは後述)。見た目の問題と機能の問題を同時に解決するデザインをゼロベースで考える必要がありました。

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結果、革張り家具の製法をアレンジし、板の端面に生地を固定し、そこから生地を折り返すことで、柔と剛が正しく融合するような全く新しいフォルムが誕生しました。

ハンドルをシンプルにするには?素材の特性を活かす

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これは板と生地の固定方法を思いついた頃のアイディアスケッチです。ハンドルというより、最初は指かけ兼フックに掛けておくためのループでした。
B&Oのスピーカーのように、フックに掛けてるとオシャレだな~とふんわり思っていたのです。しかし、PCやその他のデバイスを入れたデスクエニウェアは3〜4kg にもなります。もし落としたらPCも壊れるしケガの危険も…というわけでこの案は没。その他にも、手前でピロピロしていると作業中ノイズになる、生地に荷重負担がかかって伸びやすくなってしまう、など色々問題がありました。

「どこでも働く」というコンセプトの実現に、持ち運びの要素は必須でした。しかしながら、様々スケッチや試作をしながらイメージを深めると、鞄でよく使われる手法はどれも使えないことに気がつきます。ハンドルも一からデザインする必要がありました。

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結論、デスクエニウェアのハンドルは天板の側面あたりを付け根とし、天板の剛性を利用して支持する構造になっています。これにより生地にさほど負担がかからず、耐久性がありながらもシンプルな意匠を実現できています。

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見えない「構造」が一番のデザインアイデンティティ

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開発の中頃まで、天板+ポケット付きのクッションという、割とオーソドックスな構成で進んでいました。おそらく読者の皆さんは今見ても、そうイメージされているのでは。しかしリリースしたデスクエニウェアは、実は外からは見えませんが中にがっしりとしたフレームが入っています。これこそがデスクエニウェアを唯一無二のものにたらしめた一番重要なポイントです。

デスクエニウェアは自立します。
これは、スペースの問題が在宅ワークにおいて重要課題であり、暮らしのシーンの中で自然に仕事道具とともに出して・しまえるUXの実現のためにどうしても省スペース化が必須とこだわったメンバーの想いによるものです。立てて保管というのは当然想定されていた使い方ですが、「立てかけられる」ではなく「自立する」機能をもたせるとなると実現のハードルが一気に上がります(しかも荷物まで入れて!)。
大変なことが目に見えていたので、実は私はこれには消極的でした…。本当に必要なのか、口論のようになったことも。ところが、別の問題も顕在化したことがきっかけで、それらを一挙に解決するアイディアにたどり着くことができました。

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(リリース版ではロゴはハンドル裏に入っています)

フレーム化以前の構成では、シルエットをしっかり出すために内部にはクッションがみっちり詰まっていました。形が出るような素材のクッションを詰めていたので、何も入れなければ自立はしていました。
ところがクッションで形を作ると反発力も強く、PCやアクセサリを収納するとこんもりと形が変形してしまい、結果バランスを崩して自立できなくなります。また、内容物によって形が変わってしまうのではそもそもデスクとしての性能も十分に発揮できません。
ここで手詰まりか…と思われた時期もありました。しかし…自立し、物を入れても歪まない…この課題を見つめ続けた時、一つの逆転の発想が芽生えました。「最初から内部に変形しない空間」を作ればよい=フレーム化というアイデアです。

これさえ実現できれば、恐らくできるという確信は得ました。しかしながら、これまたそんな構造のものをかつて見たことはなく…「え~そんなことできる!?」と自問自答しながら五里霧中でスケッチを描き進めました。

独創的なポケット構成

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構造の設計もそれなりですが、それを難しくしていたのはポケットの構造でした。
布は切りっぱなしにすると端からほつれてくるので、端っこは必ず手に触れないように処理する必要があります。そこが縫製モノの難しいところで、あまり自由がききません。
その上で、PCを保護するためPCポケットとその他デバイスのポケットを分離し、ポケット内部にちゃんと手が届く十分な大きさの開口部の確保、内部の構造をに触れないような内張り、物の飛び出しを防ぐフリップ/そしてその留め具を検討する必要があります。
書きたいことはたくさんあるのですが、それらの要素をこの写真の中に全部詰め込まなければいけないと言えば頭を抱えた理由が伝わるでしょうか…

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とにかくスケッチを描いて試作してを繰り返し…少しずつ形になっていきました。毎度、ここまでか…と諦めかけるのですが奇跡的にブレイクスルーすることができました。
よく思いついたな~と自画自賛したくなりますが、かなり特殊な構成になった結果、量産の相談のため鞄メーカーさんにあたる段階で、「こんな作り方はできない」といくつかのメーカーさんには断られたりもしました。
「ここまで頑張ったのに製品にならないの!?」と不安になりましたが、結果、製造パートナーとなった株式会社村瀬鞄行様が(おそらくご厚意で)バッグ部分の製造を引き受けてくださいました。村瀬さんによると普通は鞄でこんな作り方はしないんだとか。製造効率を上げるために特殊な構造のものは受けないところも多いとおっしゃる中、何度かトライして製品レベルまで仕上げていただくことがでました。本当に感謝しています。ランドセル購入の際は、ぜひ村瀬鞄行を皆さん一度チェックです(職人によるランドセルが有名な名古屋の老舗メーカー様です)。

デスクエニウェアはデスクエニウェアです!

こうして生まれた「デスクエニウェア」。「鞄ですか?」「IKEAとかに似たのがありませんでしたっけ」と言われることがあるのですが、ここまで背景を読んでいただけた方には、デスクエニウェアは他の何とも違うプロダクトだと気がついていただけたはず…
他にも、天板の仕上げや、ストッパーが気持ちよくスリットにはまることへのこだわり、ファブリック生地の選定などまだまだ話したいことはいくらでもあります。あまりに膨大なので今回は割愛しますが、一番言いたいことはとにかくぜひ実物を手に取っていただき、デスクエニウェアに込められた数多の工夫を読み取っていただければということです!

リターンは予定より早くできそうです

最後にマクアケについて。5/19現在、初回生産分のリターンはおかげさまで完売し、現在二次生産分の受注を行っています。こちら、表示では「9月末発送」となっているのですが、できるだけ早くお届けしたい想いで調整を続けており、現在注文いただければ当初の予定より大幅に早くお手元にお届けできそうです!現状見込み、7月いっぱいまでで発送可能な予定です。ずいぶん先だなと思って購入を躊躇している方がいらしゃいましたら、…ぜひお早めに注文をいただけると、期待に合わせたスピード感でお届けできるかと思います!(見込みが変わりそうな際は、こちらやSNSで案内いたします)

デスクエニウェアでしかできない自由な在宅ワークの体験。いろんな人と共有できたらこの上ありません。


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