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糞フェミでも恋がしたい (その20)

私の名は能條まどか。糞フェミだ。

糞フェミほど始末の悪いものはない、だいいち、心がねじくれている、ひんまがっている、コンプレックスに歪んで、人を呪い、禍をねがい、ありとあらゆる、いびつな欲望と傲慢と後悔と自己嫌悪に満ちている、しかし、それは同時に、純粋でもある、そもそも人間の心には、呪いも、欲望も、傲慢も、自己嫌悪も、すべてがもともとあるべき形で存在するからだ、糞フェミはたいてい、物心ついてから思春期を迎えるまでに、社会や家族や運命から、糞でっかいハンマーでぶっ叩かれて、ぺしゃんこになって潰されている、本当はその時に一度死んでいるのだ、だから、その後の人生が呪いと恨みに貫かれてしまうのはあたりまえで、むしろ、心のねじくれや、コンプレックスや、その他もろもろを、誤摩化すことなく、まっすぐ周囲に発散しているのは、素直ですらある、まったく、涙が出るほどに。

階段を上ってきた足取りそのままに、ノックもせず、勢いよくサークル部室の扉を開けると、そんなどうしようもないトラウマを心の中に山ほど抱えた糞フェミどもが、思い思いの格好で無聊を託っていた。
「御機嫌よう諸君!」
私が発した第一声に、こっちを振り向くフェミ闘士諸嬢の好奇の目は、残念ながら私を見てはいない、彼女たちの興味の対象はもちろん、私の手を握りしめたまま驚きで目をまんまるに見開いている、綺羅君だ、ふふふふふふ、どうだ、すごいだろう、可愛いだろう、綺羅君だぞ、私の綺羅君だぞ、何気ない風を装いながら、心の中ではニヤニヤが止まらない、優越感で鼻がガラス窓を突き破りそうだ、自分の容姿でこれほどの優越感を感じることは一生涯無いだろうが、かまうものか、そんなものと比較にならないくらい、綺羅君の魅力をひけらかすことの快感は大きいのだ、女には、なにかそういう心理的な仕組みがあるのかも知れないぞ、ふふふふふふ。

さて、部室には数匹のフェミがいるのだが、そのキャラクターや方向性は、それぞれさまざまだ、ある者は、いかにも気難しそうな知性肌を装い、不機嫌そうな顔で英文の学会誌のページをめくっている、丸メガネの向こうで狡猾そうな瞳が光るが、酒を飲むといちばん無防備になるのはこのタイプだ、また他のある者は、ショートボブにジーンズにセーター、フランクそうな表情に、ちょっと悪戯っぽそうな目、いつもなにかを口に入れて舐めている、それがアイスクリームのこともあれば、クッキーのこともある、このタイプは意外と底意地が悪いので、注意しなくちゃいけない、またある者は、読みかけの漫画本から目を離していないかのように振る舞いながらチラチラこっちを見ている、地味だが上質素材のナチュラル系の服を、何枚も重ね着して、足元はサンダル、ペディキュアの色は意外に濃い、いざ論戦になると最も狂暴でヒステリックに噛み付いていくのはこのタイプだ、引き時や加減というものを知らず、面倒この上ない、ぜったいに敵にまわしてはいけない、要注意人物。

まあ、梁山泊さながらの多士済々だが、その中でも、私と比較的、仲が良いのは、すみれちゃんだ、すみれちゃんというのは、本人がちゃん付けで呼んでくれと言うので、仕方なくすみれちゃんなのだ、大学生でありながら、巷では声優として活動しているらしいが、あまり興味がないので、詳細はよく知らない、そもそも私たちは、あまり個人個人の背景には、立ち入らないことにしているからだ、ただ、すみれちゃんも、いわゆるところの父親への偏向した愛憎のせいでフェミになった部類で、物の見方やひねくれかたにも、私と似たようなところがあり、なにかにつけて気が合うので、仲良くしてもらっている、すみれちゃんは、いつもゴスロリっぽい、格式張った、それでいて華やかな、フリフリで装飾いっぱいの服を着ている、それはまるで武装のように私の目には映るのだけど、彼女は活き活きとそれらの衣装を着こなし、自分の精神世界を作り上げているのは、友人ながらちょっとうらやましい。

私は、つかつかとすみれちゃんの座るテーブルの傍まで行くと、綺羅君を紹介した。
「どうよ、可愛いだろ、綺羅…………っていうんだ。」君を呑み込んだ。
恥ずかしそうな綺羅君は、可愛さといい、仕草といい、誰が見たって女の子で、私と手を繫いだ景色は、誰が見たってレズのカップルだ、さすがのすみれちゃんも気付かないようすで、しげしげと綺羅君の顔を覗き込む。
「うわーうわーうわー!めええええっちゃ可愛い!まどかさんの彼女さんめっちゃ可愛いですね!」
大はしゃぎのすみれちゃんに、手放しで褒められて、私の鼻はもはや窓を通り越し、ぐいぐい伸びて、向こうの学舎で講義中の、経済概論の教授のヅラをはね飛ばした、ところがところが、すみれちゃんは、ただ褒めるだけでは止まらなかった。
「でも…でも……このほうがもっと可愛いよね。」
というが早いか、電光石火の手さばきで、ポケットから口紅を取り出し、一気呵成、綺羅君の口にルージュを引いたのだ、しまった、こいつはこういうヤツだった、おせっかいというか、世話焼きというか、他人の化粧に口出し手出しをするヤツだったのを忘れていた、厄介な友人のせいで、私は、一瞬にしてこの世のものならぬ世界に意識を持っていかれた、デュワー壁を出たアキラを視認した大佐のような顔になった、あの綺羅君が、いまこの瞬間、みんなの前に出現したらどうなるのか、絶望と衝撃、消化器で頭を勝ち割られ、脳味噌を飛び散らせ、カッターで喉を切り裂かれ、動脈から鮮血を吹き出して、内臓と汚物にまみれて、床に這いつくばりのたうち回る雌豚どもをまざまざと幻視した、した、が、そんなものは単なる頭のおかしい小娘の幻想に過ぎなかったのを、すぐさま悟った。

あの綺羅君の声は、その容姿にも増して、魅力的だった。

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