立春、年のうちに春は来にけり
本日2月4日は立春〔りっしゅん〕。
立春を迎えると、こよみのうえでは春、といわれる。まだ名前ばかりで実際には寒い日が続くだろうし、東京あたりは2月の降雪も珍しくはない。
されど、春を迎えたことには違いない。
立春は二十四節気のひとつ。
二十四節気は太陽の運行を基準とし、一年を24等分したもの。月が基準の太陰暦よりは季節に即している。
新暦では立春と正月はひと月離れているが、旧暦では元日はもう少し立春に近くなる。
梅の咲きはじめるこの時期に暦の日付は新しい年を迎え、季節は再び春を迎える。古人の感覚では正月と立春は同じようなもの。
新暦でも「新年=新春」という季節感は受け継がれていて、まだ立春を迎えてもいないのに、新春、迎春、頌春、初春、賀春、と正月に春を寿ぐ。
単純に、新暦正月よりも旧暦正月はあとからくるので、季節を先取りしているとみることもできる。季節感はちょっと先取りがいいので。
さて、本日2月4日は旧暦でいうと十二月二十五日。
今年は新暦2月10日が旧正月。
旧暦十二月に迎える立春は、年内立春とよぶ。これは特別めずらしいことではない。たしか、2年か3年に一度は訪れると聞いた。
『古今和歌集』の最初に登場する和歌は年内立春を歌っている。巻頭を飾るのでよく知られる歌だと思う。
ふる年に春立ちける日よめる
在原元方
年のうちに春は来にけり一年を
こぞとやいはむ今年とやいはむ
在原元方は在原業平の孫。
正岡子規は『古今集』を「くだらぬ集」と書き、その最初のこの歌などは「実に呆れ返つた無趣味の歌」「しやれにもならぬつまらぬ歌」と評(『再び歌よみに与ふる書』)している。
後世の詩人からみると無趣味な歌だが、『古今和歌集』の最初に置かれたのには理由があると思う。
それは何だろうと無い知恵絞って浮かんだ理由とは、
京都の冬は寒いから、ただひたすら春を先取りしたい。
これだと年内立春の歌ならなんでもよくて、在原元方のこの和歌でなくてもいいことになるのだが、そこは浅学の身の妄想ゆえご寛恕ください。
現代人の住環境では冬でもあたたかく過ごせるので、春を待つ気持ちは薄らいでしまっているかもしれない。
古人の住環境を詳しくは知らないが、暖房はいまよりかなり限定的と思われる。
京都の冬の禅寺を訪れると、ひんやりとした空気に包まれる。
たまに訪れる禅門の凛とした空気は気持ちが良いけれど、日常茶飯事あれでは布団の中で冬眠したくなる。
野山に出たとしても寂しい風景である。
だから、春を待つ気持ちは今人よりも強ったと想像する。
となれば、正月よりも立春が先にくる年内立春は、まさに一筋の希望の光が差し込んでくるような、春をお得にも先取りしたかのようで喜ぶべきこと。
元方は「こぞとやいはむ今年とやいはむ」と、ちょっと悩んだ風を装っているが、実のところは「春になったんやから、別にそんなことどっちゃでもええねんけどね」が本音かもしれない。
都の貴人の本意は言外にあってもおかしくない。
いまも京都人にはその感覚がうっすら残ってると思う。ただそれは京都人同士ならなんでもないことなんだけど、おのぼりさんにはニュアンスが伝わらないだけかもしれない。
閑話休題。冬は寒いから活動が鈍る。
春が待ち遠しいのは、暖かくなり活動的になれるからだと考える。
この活動的の第一義は、恋。
少し下品に言えば、愛欲であり色情であろうか。
発情期といってもいいかもしれない。
人はいつでも性行為ができるが、本来は春が発情期だと思う。春情とはよくいったものだ。
ちょいちょい春先になると変な人が出てくるというのも、春情がへんなところから漏れてしまったのだろう。
本当に恋愛がしたいのか、それとも恋愛に似たものを愉しみたいのか分からないが、寒い冬より暖かくなった春のほうが恋をしたり恋に似たもので戯れるにはふさわしい。
元方の和歌はともかく、古今集の巻頭は春を先取りする歌でなければならなかったのだと思う。
さて、夏も近づく八十八夜とか、嵐の多いと言われる二百十日などは立春が起算日となっている。
九星気学でも立春が新年とされている。あたらしい一年を迎えたので心機一転、ささやかながら新しいことに挑戦してみようと考える。
それはnoteの毎日投稿。
いつまで続くか分かりません。三日坊主で終わる可能性が9割と守護霊が申しております。文字数もこだわらず、つぶやきだけが続くかもしれませんが、春ですから、あたたかな目で見守ってください。
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