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映画『青べか物語』(1962)

こんにちわ、唐崎夜雨です。
今日は日本映画の旧作をご紹介。
昭和37年(1962)公開の川島雄三監督『青べか物語』。脚本は新藤兼人。

山本周五郎の同名小説が原作。浦粕の地に滞在した作家の先生が、土地の人々を描いた小説。随筆のような味わいがある。

タイトルの「青べか」とはDVDジャケットにもある小舟。色が青いべか船で、青べかと呼ばれる。
浦粕の人々はべか船で漁に出る。作家の先生は青いべか船を地元の爺さんに売りつけられる。

あらすじ

作家の先生(森繁久彌)は都会を離れ、東京近郊の漁師町である浦粕にしばらく滞在することに。浦粕で先生は芳爺さんから船を売りつけられる。青いろのべか船で、青べかと呼ばれている。
先生は青べかにのって海に出てはのんびりする日々を過ごしていた。

えーと、ネタバレと言えるかもしれませんが、あらすじと呼べるようなものが、あまりない。作家の先生の視点で浦粕に暮らす人々の逸話が綴られてゆく。時にのどかに、時に猥雑に、漁村の風景とともに描かれている。原作に似た随筆的な映画となっている。ドラマティックな物語をお求めであれば、おすすめしない。

この作家の先生が主体的に動くことは、あまりない。強いて言うなら、青べかを手に入れたことくらいだろうか。

昭和30年代の浦安の風景

『青べか物語』の舞台となる浦粕とは、千葉県浦安のこと。

山本周五郎は作家としてデビューを果たしたのち、イロイロあって精神的にまいってしまったようで、昭和3年ごろ東京を離れて浦安にしばらく滞在した。ここでの体験が、のちに小説『青べか物語』へ結実する。

映画の冒頭、浦安を空撮している。小説は山本周五郎が滞在した昭和初期が舞台と思いますが、映画では製作時期の昭和37年頃の設定になっています

もちろん、昭和30年代には、ねずみの楽園はまだ存在しない。いまの舞浜あたりは江戸川河口の三角州のような状況で人が住める環境ではない。
当時の浦安は、現在の東西線浦安駅の南、境川を中心に集落が広がっている。

映画はオープンセットで撮影されているシーンもあるようですが、随所に当時の浦安の風景も映されている。

数年前に浦安を散歩しましたが、残念ながら『青べか物語』の世界はほとんどなくなっている。浦安市郷土博物館にかつての浦安の町が、こぢんまりとですが再現されています。それこそオープンセットのようです。

浦粕の素敵な面々

『青べか物語』は登場人物が多彩である。
まず浦粕にある理髪店・浦粕軒にはよく人が集まる。散髪の用事もないけれど床屋に集まって町の人々のうわさ話や雑談で時間をつぶすような人々。

床屋の店主(中村是好)、たぶん漁師なんだろうけど仕事しているより遊んでいる時間の多い芳爺さん(東野英治郎)、消防団のワニ久(加藤武)、揚げ物屋の勘六(桂小金治)とその女房(市原悦子)。

浦粕の町の情報を収集したければ、床屋に行くべし。ただ、浦粕軒に集う人々は少々猥雑な印象を受ける。土地の若いお巡りさん(園井啓介)も辟易している。

東京のすぐ隣にあるけれど、文化は大きく異なるので、めんくらうことも少なくない。
作家の先生は、こうした人々と付き合うには如何にすれば良いか会得したようで、わりあいに楽しんでいるように見える。
都会のなかで窮屈に生きるより、なんぼか人間らしい。

五郎ちゃん(フランキー堺)の結婚の話も描かれる。最初の嫁さん(中村メイコ)とはうまくいかず、二度目の嫁さん(池内淳子)とは仲睦まじい。五郎ちゃんの結婚は母親(千石規子)の執念である。
ごったく屋と呼ばれる酌婦のいる店の女将(都家かつ江)も威勢のいいひとだ。ここにいる酌婦のおせいちゃん(左幸子)は先生に惚れている。

浦粕には猥雑でがちゃがちゃした人々ばかりではない。
先生は増さん(山茶花究)と足の悪い奥さん(乙羽信子)の夫婦の二階に間借りする。もの静かな夫婦も、過去になにかありそうだ。
女乞食の繁あね(南弘子)の逸話も心が痛む。
もっとも印象に残るのが老船長(左卜全)の懐かしい恋の話である。訥々と語る若いころの思い出が詩情ゆたかな映像とともに綴られている。

そして先生は浦粕をあとにする

最後に作家の先生は浦粕をあとにする。浦粕に通じる浦粕橋を渡って東京へ戻る。それと入れ違いにトラックが何台も浦粕へと入ってくる。そこで映画は終わる。

昭和30年後半ですから、おそらくこのあと、浦粕こと浦安は大きく開発されてゆくのでしょう。懐かしい風景が消えてゆくのは残念なところもあるが、仕方ないとも思う。

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