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感性で、壁をぶち破れ

気がついたことがあった。
本当は何度も何度も気がついてきたはずなのに、心が社会の偏った妙な風に浚われそうになり、ぶれそうだった。
今の時代、若い世代は家が裕福な子たちは殆どが大学更に大学院まで行っている。私は短大卒だから、しかも仕事にあまり需要がない日本語日本文学学科の出身だから、ハローワークでもしっかりとした職を探すことが出来なかった。文学の研究者になりたかった夢もあったし、母は糖尿病で目が悪くて働けなくても、母の弟である叔父叔母夫妻が私のためにお金を用意すると言っていたのに、母は、「大学なんか行かせても歳食っちゃうじゃない。早く働いてもらうわ。院まで行って研究者?夢見てんじゃないわよ、就職するために短大・大学があるんだから。とにかく、早く働いてね。」と母から言われた言葉の悔しさは今でも覚えている。「短大・大学は就職するためにある」。私は学びを深めるためにあるものだと信じていたのに。
だから、去年中々就職が決まらなかった時に、私はよく実家に帰っては母に当たり散らしていた。「大学を出ていないから、行きたい会社に行けない。こんな時代になるなら、なんで大学に行かせてくれなかったのよ!」と。私は泣きじゃくっていた。夫の前では絶対しないことだ。
 母は呆れたようにゆっくりと穏やかに 
「あのね、今は大学を出ても就職がなかなかないの。職のない若者で溢れてるじゃない。あんたは、私は短大卒だ、短大卒だって自分を卑下するけれど、うちには本当にお金が無くてなくてどうしようもなかったのよ。叔父ちゃんたちは子供がいないから、あんたにシフトしてくれたかもしれないけど、叔父ちゃんたちには叔父ちゃんたちの生活があるの。それに踏み込んでまで、お金を出してもらおうなんて、私は思わない。あんたは自分のことしか考えてないのよ。」

「自分のことしか考えていない」
確かに、大学に進んでも中退したりして、フリーターになっている同い年の特に男子が多い。それか病気(主に精神)で働けなくなった男女が多い。
そのなかで、私はほぼ毎日当時は履歴書を書き、職務経歴書を印刷し、ハローワークに出向き、面接に行っていた。活動が出来ているだけでも私は幸せなのに。母を恨んだ自分を、私は情けなく思った。

SNSの友人からも「満月さんはご家庭の事情で短大卒だけれど、すごく勤勉で、詩への情熱が半端ない。尊敬します」というお言葉を頂いたけれど、私は気がつきました。私には人一倍強い感性があると。だから、今まで短大卒の自分にコンプレックスがあったけれど、私は更にもっと自分自身の感性を磨いて、詩と向き合っていこうと。私は仕事をしながら、書くことでコンプレックスの壁をぶち破っていく。
 そのことを、夫に話したら彼は頭を下げて「偉い。よく気がついた」と一言言ってくれた。
私はただただ、嬉しかった。


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