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忍びの秋に忍びの菓子

なんだか風流だな、と思ったら、玄関で流しのコオロギが大熱唱していた。

おやおやダジャレかな、と思ったら、季節が移ろっただけだった。

クリノクリームサンド

つい最近まで、マスカットやレモンといった夏色が並んでいたのに。
衣替えもしていないのに、次の季節は着々と近づいてきている。

秋色襲来

〇〇の秋、という表現が豊富にあるわりには、体感はわずか数週間の秋。
「目にはさやかに見え」ない秋。

一番フィットするのは《忍びの秋》だろうか。

誰が決めたか菓子言葉、とやらも気になるが、ダックワーズの名前の由来を初めて知った。

フランスの温泉地ダクスで作られていた、スポンジケーキが元になっているらしい。

心も体もほどけるような、というフレーズに思わず流されそうになったが、温泉は直接的に関係ないということだ。

ダックワーズといえば、そのゴツゴツカサカサした見た目に反し、ふんわりサクサクからのしっとりグラデーション食感が特徴だ。

マロン風味のダックワーズでクリームをサンド

ダックワーズを知ったのは、菓子製造業に就いてからだった。
もうひとつ、社会人になってから知ったお菓子がある。

もはやコンビニで買えるフィナンシェ

マドレーヌとよく似た、フィナンシェ。

口いっぱいに広がるバターとアーモンドプードルのぜいたくな香りと、しっとりやわらかい食感は、麦チョコやチョコボールに慣れ親しんでいた子供舌には衝撃的だった。

たまに無性に食べたくなる麦チョコ

マドレーヌは全卵をつかい、ホタテの貝殻を模したものが多いのに対し、フィナンシェは卵白とアーモンドプードルをつかう。形は台形が多い。

マドレーヌが女性の名前に由来する(諸説あり)のに対し、フィナンシェの由来は「お金持ち」である。

パリ証券取引所近くの金融街から広まったからとか、その形が金塊に似ているからとか諸説あるものの、語源はお金界隈。

仕事中に職場でお菓子を食べられる職種はそう多くないかもしれない。

だが、わたしの職場は夕方を過ぎるとだいたい誰かが何かを開封して口に含み始めるし、なんなら冷蔵庫までなにかを取りにいくひともいる。

なんだか香ばしいな、と思ったら、バリバリバリとせんべいを豪快にかみ砕く音が聞こえてくることはザラである。

匂いといい、音といい、せんべいの存在感は強烈。
間食容認の職場とはいえ、シーンとしている時に雷鳴がとどろくのは少々困りものだ。

細かい破片も飛び散る

かといって、せんべいのかけらが口の中で湿り気を帯びるまで待ち、「ニチャアアアア」とゆっくり噛んでやり過ごすのは、せんべいのアイデンティティ泥棒。

ガムや飴のように口内滞在時間が長いと電話が架かってきた時に困るし、チョコレートは手や歯が汚れがち。

その点、ダックワーズやフィナンシェのような個包装の半生菓子は、手を汚さずワンハンドで食べられるうえ、やわらかさゆえに咀嚼音も出づらい。
まさに《忍びの菓子》。

仕事中周りにさとられないおやつ好適品、トップ10に入ると思う。

ゼリーやアイスはピークを過ぎ、チョコレートをたしなむにはまだ少し早い9月、忍びの秋には忍びの菓子が、ほどよく小腹を満たしてくれる。

ちなみに、フィナンシェには菓子言葉はないらしい。

名前の由来がお金界隈だから、まごころめいた意味を持たせてもいまいちうさんくさい。間違っても「無償の愛」は言うやいなや嘘だろう。

一方、フィナンシェとよく似たマドレーヌには「仲良くなりたい」「あなたともっと深い関係になりたい」という意味があるのだとか。
マドレーヌは貝殻型が多く、殻どうしがぴったり合う様子が、円満な関係をイメージさせるからだそうだ。

まちがえて意味深な菓子言葉のお菓子をひとに渡してしまう恐怖より、もはや何とでも言えてしまうことのほうが、ちょっと怖い。
いまのところ、菓子言葉とやらは流行っていないように思うが。

せんべいの菓子言葉もまだないらしいから、それならいっそ匂いとかみ砕き音に由来して「存在の証明」「ここにいるよ」とかであってほしい。

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