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Mr.Children『miss you』レビュー | 捻くれて、優しくて、寂しいミスチル

ついに発売されたミスチルのニューアルバム『miss you』
手にした瞬間から高揚感で身体が満たされる。
「あぁ、やっぱり僕はミスチルが好きなんだなあ」としみじみ感じる。

なんとなく僕は今作に多大な期待をしていた。

このトレーラーを見て、近年のミスチルとは一味違うなと感じたからだ。
国民的バンドとして確固たる地位を築き、多くのリスナーを虜にしてきたミスチル。

しかし、コアなファンほど「昔のほうが良かった」「もう全盛期は過ぎた」と嘆く。
正直その気持ちは分かる。
僕も90年代後半~00年代初期のミスチルが好きだ。

アルバムでいうと『深海』~『シフクノオト』まで。
そこからの作品は、どこかつまらなかったのだ。

「おい桜井!!もっとキレキレの作家性を出せんだろ!!!」
「皆に好かれるような曲書こうとすんな!!!」
こんな想いが常にあった。完全に厄介なリスナーである。

長年ミスチルのプロデューサーを務めた小林武史さんが離れても、色んな若手バンドを対バンをしても、やっぱり”尖った作品”が出てこなかった。

仕方ないよな。もうメンバーも50過ぎたし、いつまでも昔の幻影を追いかける俺がダメなんだ。
そう思っていた。

しかし、今作『miss you』を聴いて身体が震えた。

おい、俺が長年求めていた”尖ったミスチル”が進化して帰ってきたじゃないか・・・!!!!

以下、全曲レビューというか感想


1.I MISS YOU

悲しげなイントロが特徴的な一曲
このアルバムを包括するような曲だと思う。
「この作品かなり寂しい感じに仕上がってるけど大丈夫か?」と言われてるような気持ちになる。

冒頭からアコギの美しくも儚い旋律が聞こえる。
この時点で「おっ、今作なんかシリアスな雰囲気だな」と感じた人も多いだろう。

歌詞を読むと、桜井和寿というソングライターが抱える苦悩、葛藤が垣間見える。
歌い続けること、生き続けることの意味を見失いかけてるようにも感じる。
自分で見ないようにしているけど、常に見え隠れする”自分の嫌いな部分”をこれでもかと歌っているのだ。

「これが僕らしくて 殺したいくらい嫌いです」

Mr.Children | I MISS YOU

こんな締め方する曲が1曲目。

マジで怖い。
ここ数年はあんなに楽しそうに歌ってたのに…。
桜井さんの深層心理が読み取れる。
と言っても、桜井さんの個人的感情だけが歌われた曲に留まっている訳ではない。

どんな人間でも持つ『負の感情』を叫んだシンプルな楽曲ともなっている。
自己愛が強いからこそ、歪んだ自己否定が生まれてしまう。
そんな面倒くさい感情に寄り添った曲だといえるだろう。

最高の始まり方してくれてありがとう。

この曲に違和感を抱いた人は、本作を好きになれないかも。

2.Fifty's map~おとなの地図

50代になったミスチルが贈る格別の人生賛歌
共に人生を歩んだ仲間たちへの感謝、そして生きていくことの素晴らしさを歌っている。

歌詞を読めば分かるけど、明るい部分なんてほぼ皆無。
辛いこと、逃げたくなることを繰り返しながらも、それでも進むしかない人生を歌っているのだ。

不平を言わないのは不満一つないわけじゃない

Mr.Children | Fifty's map~おとなの地図

自分で蒔いた種を拾い集めるだけの日々

Mr.Children | Fifty's map~おとなの地図

社会人として生きている時間が長い人ほど突き刺さる歌詞ではないだろうか。
正直人生なんて、楽しい時間よりつまらない時間のほうが圧倒的に長い。
虚無と孤独。永遠に抜けられない課題を声高らかに歌い、最後には『行こう』と叫ぶ。

これは桜井さんほどの成功者が歌うからこそ意味がある。
「ああ、この人はまだ味方でいてくれるんだ。」という安心すら感じるのだ。

きっとメンバー、リスナー、そして桜井さん自身へと向けた応援歌なのだろう。

人生に遅すぎることなんてないと、重みのある言葉で言ってくれる。
愛してるよミスチル。

  • 50歳の地図⇒17歳の地図

  • バイクで闇蹴散らし⇒15の夜

  • 窓ガラス叩き割って⇒卒業

随所に散りばめられた尾崎豊オマージュも素敵。

「頑張ろう」という言葉が陳腐に聞こえてしまう貴方、ぜひ聞いてみてね。

3.青いリンゴ

めっちゃ初期ぽい曲。
笑顔でアコギ鳴らす桜井さんが自然と浮かぶ。
この曲でも「仲間」や「愛する人」という歌詞が出てくる。
年齢を重ね、家族やメンバー、そしてファンの大切さに改めて気づいたのかな・・・?
いや、そんな薄っぺらいものじゃないだろうけど。
とにかく変わることの決意、そして周りへの感謝が読み取れる優しいナンバーだ。

タイトルからも推測できるが、大人でも持っている”青臭い感情”を歌った曲に聞こえる。

ナイフを持った人が暴れだしたら僕ならどんな行動をとるか 
なんて考えてみるんだ

Mr.Children | 青いリンゴ

歳を取るたびに目を背け、自分自身で欺くようになる”夢想家”的な部分。
でも、本当はそんな青臭い感情のまま走りだしたい時だってある。
背伸びをしたいなら、赴くままに背伸びしてカッコつけてもいいのだ。
軽快なテンポも相まって、軽くフッと背中を押されるような気分にさせてくれる。

曲自体は聞きやすい。ここまで割と重い曲が続いたから休憩にちょうどいい。

4.Are you sleeping well without me?

直訳すると「私がいなくてもよく眠れる?」となる。

まあ失恋して絶望に暮れている心情を歌った曲だ。
ほぼピアノと静かなドラムだけで構成されている。

深海で言う『手紙』に近いかも。
ここまで聞くと「あれ、今作だいぶ桜井感つよいな…」と思うはずだ。
聴きやすくて大衆受け全開のミスチル像から抜け出した印象さえ受ける。

「私がいなくても平気?」と問いかける歌詞からは「自分がいなくて辛いと思ってほしい」という人間の未練たらしい感情が透けて見える。

くぅ~効くねこりゃ

5.LOST  

今作でこの曲が一番好き!と答える人も多いだろう。
解放感ある曲調からは想像できない内容の歌詞に引き込まれる。
ミスチルの曲は大抵、絶望⇒希望のストーリー構成がされているけど、これに関してはずっと暗いまま。

くたびれた顔してるなって顔を洗う度思うんだ

LOST | Mr.Children


いやー分かりますよ。
子どもの頃は朝から元気だったのに、今となっては毎朝くたびれた顔をしている。

大人になって責任を負うことも増えて、考えたくないことも増えていく。
そんな毎日の中にいると、小さな幸せを見つけるのに精一杯なのだ。

先ほども述べたが歌詞だけ読むと、どこまでも希望がないように思える。
唯一ある希望らしき部分は

仕事終わりに飲むビールと年老いた2匹の犬が僕の帰りを待っている
それだけで良い それだけで良い

LOST | Mr.Children

これは本心だろう。くたびれた顔して暮らす毎日。ささやかな楽しみしかないけど、それだけでいいのだ。
いや、それしか楽しめないくらい追い詰められてるのかもしれない。

こんな風に、LOSTはずっと立ち尽くしたまま終わる。
なのに希望がありそうな曲調で歌ってきやがる。

必死に生きて、藻掻いて、なんとか小さな幸せを見つけて。
それだけで充分なんだろうね。

6.アート=神の見えざる手

今作一番の問題作だろう。
社会風刺、歪んだ愛情…。今の桜井さんが思う闇を全部出してんじゃねえかと思っちゃうほど重い。

「僕の、、、にカッターを当て」
こんな歌詞も出てきちゃうくらいだ。恐ろしいねホント。

「半端もんの代弁者になる時、僕のアートは完成致します」って部分が大好き。
陳腐な才能を振り回してアーティスト気取ってる人たちに対する強烈なカウンターパンチだ。

全編を通してサクラップなのも最高。誰よりもヒップホップしてんだろこの人

これは完全に予測だけど、桜井さんはノリでこの曲を作ってそう。
極右的思考、アイデンティティの在り方、アートとイデオロギー…。色んなことを風刺しているように見えるけど、桜井さんってその時の流行りとか考えに影響されやすいじゃないですか。ね。

きっとこの曲も、そこまで深いメッセージ性はないと思う。
単純に「こーれおもしれえ~」みたいなノリで作っててほしい。

7.雨の日のパレード

あんなに尖った曲のあとに、こんな綺麗な曲かよ!
イントロだけ聞いたら山下達郎ですよ。
ちなみに僕は本作でこれが一番好きだ。とにかく美しい。

ラブソングかと思いきや全然違う。

日常にあるいがみ合い、ちょっとムカつくことを歌いながら「でも、なんだかんだいい日じゃん」と微笑んでくれるのだ。

カフェで流れても違和感ない。と言いたいところだけど、きっと流れてたら「ん?」と感じてしまう。

どこかのオッサンの青春のように美談色に染まるさ

雨の日のパレード | Mr.Children

子供の飛び蹴りがミゾオチに決まって体を屈める

雨の日のパレード | Mr.Children

こんな不穏で笑っちゃうような歌詞があるんだもの。オシャレなカフェにはふさわしくない。
でも、こんな風にクスッと笑っちゃう歌詞だからこそ、日常のリアルな美しさを感じられる。
ちょっとシニカルな視点を持ってる自分が肯定されてる気分にもなれちゃう。

皮肉を言っても、日常を憂いても、結局は綺麗な日常が何より楽しいし憧れてしまう。仕方ない、それが人生なのである。

雨の日に踊ったらずぶ濡れになっちゃうけど、踊ってる瞬間が楽しけりゃそれでいいのだ。
それくらい軽く、ゆるく日常を歩んだっていいじゃない。

8.Party is over

随分と具体的な情景が書かれている曲である。
多分だけど、この曲は完全に桜井さんの趣味で書いてるよね。
ほぼ弾き語りだし、妙に歌詞がリアリティーだし。

過去に拘って、現在を怠って、死んでいくなんて愚か者の愚行
でも何処に向かえばいい?

Party is over | Mr.Children

はぁ~そうなんすよね。
過去に囚われたくないけど、どこに向かえばいいか分からないんですよ。

こんな気持ちにまで寄り添ってくれてありがとう。

またまた、ほぼ桜井さんの弾き語り構成である。
どうしたんだよミスチル。バンドであることを捨てたのか?と心配になる気持ちが湧いてくる。

でも不思議なことに、この曲を桜井さんソロ名義で出したり、他プロジェクトで出したら違和感があるんだろう。

9.We have no time

しゃがれ桜井が聞けるよ!
「いまのミスチルはこんな気持ちだぜ」って決意表明に聞こえる曲だ。

ファンから人気が高いアルバム『Q』に収録されてそう。

打ち込み音とギターのバランスが非常に気持ちいい。
渋い管楽器の音もじっくり聞いてほしい。ほんとに”渋い”から。

円熟味を増しに増した新鮮なミスチルが聞きたいなら、これを聞いておけばOKだ。

イギリスの国民的バンドRdiaheadのアルバム『In Rainbows』風味を感じる。僕だけかもだけど。

こういう実験的サウンドをしてくれる日本のバンドは意外と貴重だ。
というかミスチルほどの大物バンドがやってくれるのが異例だといえるだろう。

型にハマらずとも、キャッチーさを残せる桜井さんのスキルに脱帽するばかり。

曲調だけじゃなく、歌詞も挑戦的かつカッコつけてて最高。

焦る気持ちもあるけど、まだスキルは健在

We have no time | Mr.Children

って自分たちで言っちゃう辺りがカッコいいよな。自信に満ち溢れた今のミスチルが垣間見えてニヤニヤできる。

きっとこの曲は30年後に聞いても古く感じない。

やっぱロックバンドだよなミスチルは。

10.ケモノミチ

現代人の苦悩を叫んでいる。
数多の情報量に眩暈がしつつ、それでも繋がりを求める寂しい人種。それがネット社会に生きる僕たちだ。

多様性を謳い”過ぎてる”現代社会
承認欲求のバランスが崩壊してしまったSNS依存の人達

この世界が抱える闇の部分はあまりにも大きい。そして抱えきれない。

独りで生きていくことだって可能だ。でも、心のどこかで誰かの助けが欲しい。

関係ない人の悩み、事件すら自分事のように感じてしまう人も多いだろう。
僕たちはとにかく疲れているのだ。

誰よりも大きな声でラブソングを歌いたい。
誰かに自分を分かってほしい。

「仕返しだけが希望 声もなく叫ぶよ」
腹に据えた攻撃的で危ない感情をエモーショナルに叫ぶ桜井さんが印象に残る。

ありきたりな言葉を投げかけるんじゃない。
”確固たる共感”こそが何よりも薬になると桜井さんは知っている。

大嫌いな自分、でも嫌いな自分として生きていくしかない。
人生を獣道に例えたこの曲もまた、miss youを代表するナンバーだろう。

11.黄昏と積み木

欲張らなくても、君と2人ならいっか!的な曲である。

ここからラストまでゆっくりと優しい曲が続いてくれるからありがたい。
ケモノミチでアルバムを締める選択もアリだったと思う。
ただそれだと、あまりにもカロリーが高い。何よりただ暗い。

年齢を重ねたミスチルは、最後に心が軽くなる魔法のかけ方を知っているのだ。

成果とか結果とか、色んなことが求められる世の中だ。頑張りすぎちゃう人はどこにだっている。
でも、不思議なことに愛する人と一緒にいれば普段のストレスなんて消えちゃうのだ。
「んなワケあるかい!!」と思うかもだけど、本当にそうなのだ。

いま頑張りすぎてる人にこそ何度も聞いてほしい曲だ。
「一つずつ丁寧に、丁寧に」と優しく諭してくれるミスチルが暖かくて好き。

12.deja-vu

「あぁ僕なんかを見つけてくれてありがとう」だって!
こっちのセリフよ桜井さん!
もう半端なくデカい存在になったのに、いつまでもリスナーに寄り添ってくれてありがとうございます。感謝感謝。

アルバムを締める前の小休止。
どれだけ売れようが、こんな風にミニマムな世界観でリスナーと共に居てくれるミスチルがええねん。

13.おはよう

最後の曲なのに「おはよう」って。粋なことするよねホント

「ほんのちょっとだけ付き合ってほしい。こんなメロディが出来たよ」
なんて、まるで桜井さんが目の前で歌っているみたいじゃないか。そりゃとことん付き合いますよ。

何度もおはよう、おはようと囁く。

このアルバムを聴いて終わりじゃない。
なにか些細な決意表明をしたくなった”新しい自分”に対して「おはよう」と言ってくれてる気がする。

総評

”些細な日常、そして付随する幸せ"を歌っている。このアルバムは全体的にスケールが狭い。
半径10メートルで起こる人生の出来事を歌にし、誰よりも具体的に寄り添ってくれる。

分かりやすい応援歌もない。
どちらかと言えば、暗くて滅入るような歌詞も目立つ。
最後まで「それでも生きろよ!!!」なんてメッセージはない。

ただただ『生きることの面倒さ』を歌い、暗い気持ちに共感してくれるのだ。

嫌なニュースばかりが目に入る世の中だ。
毎日のように生きる意味を見失っている人もいるだろう。

だからこそ、足元に落ちている小さい幸せを噛みしめようじゃないか。

バンドとして、また一歩次のステージに進んだと思わされるアルバムだ。

バンドサウンドが目立つ曲なんてほぼない。
でも、この音をMr.Childrenとして発表したことに意味がある。

賛否両論巻き起こるのも分かる。
ただ一リスナーとして、僕は今作を出してくれたのが心から嬉しい。

デビューからここまで”国民的バンド”として役割を全うしてきたMr.Children
流行りに流されることもなく、安心感を与えるバンドとして十分に仕事は果たした。

4人だけで作った本作からは「いま作りたいものを作りました」というメッセージがバシバシ伝わってくる。

わざとらしい歌詞やアレンジなんてなくてもいいさ。
貴方たち4人が本気で作りたいと感じた音が、歌詞が、多くの人を救うのだから。

ミスチルファンが考える”ミスチルらしさ”
きっと僕たちリスナーは、自分達が勝手に作り上げたミスチルらしさに囚われ続けていた。

寂しくて、捻くれていて、でも優しい。
そんな新しいミスチルが誕生したのだ。おはよう。

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