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Bounty Dog【アグダード戦争】

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遠く、でもいずれ来るだろうこの世界の未来を先に走る、とある別の世界。人間達が覇権を握るその世界は、人間以外の全ての存在が滅びようとしていた。事態を重くみた人間は、『絶滅危惧種』達… もっと読む
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記事一覧

Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 29-30(了)

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 唯、同じ部屋で何年も何年も独りぼっちで過ごすのが嫌だった。
 唯、1人じゃ無くて誰かと一緒に遊びたかった。
 唯、家の外の世界を知りたかった。
 外にいる大勢の誰かと、遊んだり関わりたかっただけだった。
 何故自分だけが其れをする事が出来ないのか、何時も不思議で堪らなかった。そんな時、奇跡のように出会った”彼”が喜んで己の望みを叶えてくれた。たった其れだけ。たった其れだけの事だった。
 

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 28

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 ナスィルとジャックが家の外で関わった命達は、向日葵以外の全てがその日の内に喪失した。
 町の真面な警察官達がタラルとビアンカの夫婦を見付けた時、余りにも悍ましい光景を目の当たりにした。目の前に広がっていた現実は、幻想であると勘違いしたくなる程に悲惨極まりないモノだった。
 タラル・カスタバラクは、ジャックに誘拐されたと思い込んでいるナスィルへの過剰な執着が完全に暴走していた。町の至る所を

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 27

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 軍隊にも兵器にも全く興味が無かった7歳の頃のナスィル・カスタバラクは、ジャック・ハロウズが大好きな、顔と声が異常に綺麗なだけの普通の少年だった。だが思い込みが激しい性格は子供の頃からの悪癖であり、親と親友に教えられた『エゴイストは悪』だという思い込みを、この後に起こる悲劇を引き金(トリガー)にして、急激に歪んだ形で増幅させていった。
 『エゴイストは悪』から、後の彼が歩く生涯の道が大きく

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 24-26

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 この世界で生きていたジャック・ハロウズは、心優しい人間の子供で疫病神では無かった。周囲を理不尽に不幸にしていた疫病神は、ナスィル・カスタバラクの実の父親であるタラル・カスタバラクの方だった。

 タラル・カスタバラクの本当の夢は、警察官では無く陸軍第1部隊の軍人だった。1度目であれば大抵の重犯罪が許されるという、異様な”自由”を保証している此の国で産まれ育ったタラルは、息子のナスィルと違

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 20-21

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 己達が結婚して直ぐに建てたあの一軒家は、町から離れた場所にある小さな森の奥にあった。幽閉している1人息子について『あんな場所に閉じ込めなくて良い。家の外に庭を作って、外で遊ばせたら?』と提案した事があった。だが相手は『息子が外の景色を見る事で庭の外に興味を持ってしまう』と言って、提案を速攻で却下した。
 『窓があるから外を見てしまう』という理由で、ありとあらゆる場所に念入りに鍵を掛けてカ

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 18-19

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 ジャックも、食事の前は何時もお祈りをしていた。育った孤児院の院長は西洋宗教の熱心な信者で、強制はされていなかったが彼も祖国の大勢の人間達と同じように洗礼を受け、絵本と一緒に聖書を読み聞かせて貰う生活を送っていた。
 神と、食べ物になってくれた命と、己達が食事を食べられるように関わってくれたジェラート屋の店員を含めた全ての命の行為に感謝を言葉にして捧げた。西洋宗教の信者では無いナスィルは、

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 15-17

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 ナスィル・カスタバラクが産まれて初めて己の家の外に出たこの日、彼は家の外にあった此の星の上にある世界の、余りの広大さに驚愕した。
 絵本と両親から聞く話以外の世界を一切知らなかった箱入り息子は、”自由”になってからした事の殆どが初めて経験する事ばかりだった。
 最初にしたのは、初めて出来た”友”という存在と一緒に走る事。次にしたのは、その友と食べ物を食べる事。誰かと一緒に寝る事。夜の町を

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 13-14

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 制限時間が迫ってきたので、ジャックは己の部屋に戻っていった。ナスィルもベッドに入って一先ず眠る事にする。
 未だジャックもナスィルも2人共に幼い子供だった。生活の事やお金の事といった大人が常に悩み抱えている人間世界で生き続ける為の必要不可欠な事柄についても、その生涯を金や名誉を利用して誰よりも豊かで幸せにしたいという承認要求の補填や野望の達成といった、そんな”己で己を極めて不自由にするモ

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 11-12

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 2日目もジャックは1階のリビングにある棚の中から鍵束を拝借して、扉に付けられている無数の南京錠を外して屋根裏部屋にやってきた。ナスィルは被り物を一切していなかった。極めて美麗である全てが完璧に整っている顔を微笑ませて、己の初めてで唯一の友を迎え入れた。
 お互い挨拶をして雑談をしてから、2人は先ずトランプで遊んだ。カードの抜けが無いかの確認も出来る七並べをしてから、次に同じ数字並べになる

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 10

10

 ナスィルは父のタラルと同じように、負けが認められなくて擬似戦争ボードゲームの再戦を何度も申し出た。だが何度再戦しても、ジャックに勝つどころか不利にさせる事すら出来なかった。
 ジャックは強敵を超えて正しく無敵だった。何度対戦しても絶対に勝てない。相手は『諜報員』の使い方が非常に上手かった。大抵の人間は戦場で闘える駒を『諜報員』にして、典型的なスパイのように動かす。だがジャックは”徴兵”と

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 8-9

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 ロボットも、背が低かった。ジャックと丁度同じくらいの背丈をしている。
 義父のタラルに『絶対に近付くな』と忠告されたロック鳥というロボットは、凶暴な巨鳥でも凶悪なメカでも無く、長方形の紙袋を被っている何処からどう見ても己と同じ人間の子供だった。裸足で、手足の肌は己と同じ小麦色だった。日に当たっていないからか小麦色だが肌が少し青白い色になっていて、蓬色の長袖パジャマを着ている。
 パジャマは

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 5-7

5

 ジャックは義父の約束を守って、2階の端に梯子と扉がある屋根裏部屋に近付かずに、新しい家で暮らした。義父に貰った開かない手錠を宝物にして何時も手に持って眺めては、大人になって国際警察官になった未来の己を想像した。
 未だ小さな切り込み1つ入っていないキラキラした将来の夢は、ジャック少年の心を物凄く幸せにしてくれていた。養子として己を迎えてくれた義理の両親もとても優しい人で、毎日がとても幸せだ

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 3-4

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 ジャック・ハロウズと名乗った少年は、ナシューと同じ7歳だった。誕生日も偶然だが、同じ6月5日。背丈も殆ど一緒で、髪の色と顔の造形以外は、まるで双子のように2人は似ていた。
 その日は、ジャックとナシューの誕生日だった。ダッチオーブンの中から玄関にまで香ばしい匂いが漂ってくる丸鶏のグリルは、今日6歳から7歳になった己の為に準備してくれた御馳走なのだと、ジャックは心の底から思って喜んだ。
 半

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Bounty Dog 【Muchas gracias. Te amo.】 1-2

 4:09:08
『ナシュー……ナシュー……確実に、確実にこの私の忠告を見つけて聞いてくれてはいないだろう。だけどそれでも私は、生きている内に君に最後のメッセージを残しておきたい』

 4:16:20
『御両親が遭った死亡事故。公共の報道ではトラックと衝突したとされている。だが警察の更に上となる我々の所属する特殊機関の調査では、車の内部にあった荷物のいずれかに軍用の強力な爆発物が入れられていた可能

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