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日記11月20日

 朝、目覚めるとカーテン越しに濁り気味の光が差し込んできた。気持ちいい朝。ベッドからけのびし大きな欠伸をかいてスマホを点けると恐ろしい現実が待ち受けていた。 

遅刻

 「朝9時20分大阪JR鶴橋駅前集合」。昨日ラインで送られていたメッセージを見て絶句する。左上の時刻表記は9時。京都上賀茂から鶴橋まで20分で移動するのは不可能だ。

 ヘリコプターにでも乗って移動したい気持ちだったが、バスに乗って新快速を乗り継ぎ鶴橋駅に向かった。結局駅についたのは2時間遅れの11時20分だった。

 鶴橋駅の横にある商店街を通って目的地に向かう。雑多な韓国の市場を思い出す威勢の良い呼び込みと、屋台の香ばしい香りが漂ってきた。

 迷路のように入り組んだ鶴橋駅前の商店街を抜けると、至るところに韓国料理屋がひしめいている。魅力的な香りに誘われて舌鼓を打とうとする気を必死に抑え遅刻の罪悪感を自己に戒める。

 しばらく街道に沿って歩いていくと「済州島直行便就航」の横断幕が掲げられたコリアンタウンの入口に到着した。

鶴見のコリアンタウン

 中に進むと韓国、朝鮮関連の製品が溢れていた。どこからか流れてくる韓流popと神社にある天下大将軍の像を横目に群衆を避けていく。私の人生の中でも稀有なサッカーのドリブルのような小走りだった。

 人がまばらになったところでダッシュしてあるボランティア協会の本部に向かった。2時間遅れを取り戻すには誠実さがなければならない。という意味合いもあったがやっと着いた。

 「申し訳ございません」。協会事務所の前に立っていた記者の方に謝罪した。中には前日お世話になっていた数人の記者志望の方とボランティア協会の在日2世の方が話していた。

在日コリアン

 19日に朝鮮学校に訪れた後、放火事件のあった在日コリアンの住む地域に訪れた。今日は関西でも最大級のコリアンタウンでフィールドワークだ。

 朝9時00分から協会の在日2世のTさんが案内して下さったのだが私は寝坊で参加することができず、着いた時には既に研修は終わっていた。

 案内して下さったTさんがゼミ生の質問に答えていく。その中でとても印象的な言葉があった。

「人間は絶滅危惧種」。

 最初はどういう意味かよく分からなかった。話を聞いていく内に、人間は一人一人の個性があり体も考え方も違う中で誰か一人が居なくなればそれは一つの種が失くなるという意味だと分かった。

 Tさんは在日コリアン同士で互いに助け合い苦しみを分かちあってきたと話していた。集団から孤立し世の中に関われなくなり、そのまま苦しむ人を見てきたからこそTさんは語ってくれたのだろう。

 過去に鶴橋でヘイトスピーチなどを繰り返す過激派右翼系団体に対しても自ら対話したという。話してみると「相手も人間であるのだ」と理解した上で自分達とは何が違うのか考えさせられたのだと語る。

 相手と対話しているときも、冷静になって常に「一度自己否定する」ように心掛けている。そうすることで全体が見えてくるというTさんの考え方は、今まで生きてきた中で初めての価値観で私にとっては新しい発見になった。

 協会本部を出たあとに韓国料理屋さんを訪れた。Tさんと一緒に見て廻れなかった分沢山質問した。Tさんは司馬遼太郎さんが好きだったのでとても話が盛り上がった。

鶴橋は司馬遼太郎さんの出身地だ。在日の方なのに司馬史観に肯定的だったのが印象的だった。自分の固定概念が恥ずかしい。次々と運ばれてくる韓国料理舌鼓みを打ちながら話を聞いた。

 帰りの電車は疲労で意識を失ったかのように眠りに落ちた。この経験は決して無駄にならないだろうと思う。


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