軸を作る(一)

1 自主練クラスで、入会して一月余りの高校生とスパーした。

 「私からはサブミッション無し」というルール(私が白帯の会員さんとスパーする際には、基本的にサブ無しにしている)で何回かスパーを繰り返したのだが、自分で定めた「サブミッション無し」というルールの制約上、もっぱら「パスガードディフェンス」と「ガードリテンション」に終始した。
 何本かスパーをした後、彼に「何か質問はある?」と尋ねると、「パスガードなんですが、ニーカットしか知らないので、どうすればパスできるか分かりません。ニーカット以外に何かいい手段はありませんか?」と尋ねてきた。

 ウチの道場では、ベーシックドリルとして20弱の型を毎回打ち込みしているのだが、「パスガード」に関連する技術は「ニーカット」だけである。     
 同じ道場に所属し、毎日同じドリルを繰り返していれば、先に入会した人の方が後から稽古を始めた人より「ベーシックドリル」の技術に関しては当然精通しているので、あくまでもウチの道場内に限った話になるが、後輩が先輩を「ニーカット」だけでパスするのは非常に難しいだろう。
 極言すれば、「オープンガード」の状況になれば、両膝を閉じて「ニーカット」するスペースを塞いでしまえばいいのだから。

 私がBJJの稽古を始めた頃はYOUTUBEの存在も知らなかったし、「パスガード」において「ニーカット」以外のテクニックが存在するとは夢にも思わなかったので、毎日毎日バカの一つ覚えの「ニーカット」を繰り返しては、「パスガード」出来ず、先達の「オープンガード」の中でもがき苦しんでいた。
 「ニーカット以外に何かいい手段はありませんか?」という彼の質問は、私が入会したばかりの頃の記憶を呼び覚ましたので、スパーを止めて「トレアナ」を教えた。

2 「パスガード」と「足を捌くこと」は厳密には同じではない(注1)が、「足を捌くこと」が結果的に「パスガード」に繋がる事もまた事実なので、「足を捌く」テクニックの代表として「トレアナ」を選んだわけである。

注1)「パスガード」とは、相手のガードを突破して、「胸と胸を合わせる」状態を作り出すことである。
 競技柔術的な定義に従えば、相手の背中(両肩)を地面に着けて3秒間抑え込む事になる。
 いずれも、足を捌いただけでは、「ガードリテンション」される可能性がまだ残っているので、「パスガード」にはならない。

 「トレアナ」に対するヘンリー・エイキンスやジョン・ダナハーの評価は非常に厳しい。
 ヘンリーは「ボトムはLeg pummeling(=足回し)で簡単に対処出来るので、トップはトレアナを仕掛ける度に疲れるだけで無駄だ。だから、私は絶対にトレアナを使わない」と一蹴しているし、ダナハーも「クラシックなトレアナはそのままの形では現代柔術には使えない」と言っている。

 ご存じの方もおられるだろうが、「トレアナ」は自分の足のステップと反対側に腕を使って相手の足を捌く動作の見た目が、闘牛士が赤い旗を振って牛をやり過ごす動作と似ていることからその名が付いたそうである(注2)。

注2)「闘牛士」を英訳した「ブルファイター」パスの名が「トレアナ」の別称なのも、同じ理由だろう。


 YOUTUBEで「トレアナ」を検索すると、出てくる動画は作成者の個性を反映して、各人各様と言っていい。
 「足を捌」いてパスするという発想が共通しているだけで、ディテールを取り上げると一つとして同じモノはないように思われる。

 本稿では、ダナハーの「トレアナ」と同じステップの白木先生の動画を掲載したが、白木先生の「トレアナ」もダナハーと同じやり方ではない。
 「トレアナ」に興味を持った方であれば、上で述べたような「同じ技名なのに形が違う」という点に戸惑った、あるいは、「誰のトレアナが正解か?」という疑問を持った方もおられるだろう。
 
 話を自主練クラスに戻すと、私は高校生の彼にダナハーの「トレアナ」を教えた。

 「トレアナ」を初めて習った人が一番苦労するのは、足のステップと(相手の足を捌くための)腕の使い方が別個独立で連動していないという点だろう。
 足運びを正確にしようとすれば、腕を使う事まで意識が回らないし、相手の足を捌こうと必死で腕を振ると、足がもつれてしまう。
 だから私は、まず彼にダナハーの「Self Mastery: Solo BJJ Training Drills 」vol.3に収録されている「トレアナ」のステップのソロドリル(4:07~)から覚えてもらう事にした。
 10分くらいゆっくりと運足を一緒にドリルし、そのあとで相手の足を捌くための腕の使い方を教えると、ステップだけとか、足がもつれるという事はなくなった。

 わずか20分のドリルで彼が「トレアナ」をマスターしたとはとても言えないが(私もマスターしているとは言い難い)、形にはなったので、「パスガードしたら彼の勝ち」という条件スパーを再開した。
 彼は「トレアナ」を使って一生懸命パスしようと奮闘している。
 それでも私は足を回してパスさせない。
 そうすると、私が足回しをする事で空いたスペースに彼が「ニーカット」で突っ込んで来た。
 5分の条件スパー2本で、彼は私から一度も「トレアナ」で「パスガード」出来なかったが、2度「ニーカット」が入ったのである。

 スパーが終わった後で私は彼に対して次のように言った。
 「ベーシックドリルでニーカットだけやらされていると、ニーカットって使えないと思うかもしれないけど、例えばトレアナのように他のテクニックを覚えると、ニーカットが使えるという事が分かるでしょう?」
 「ニーカットがパスガードで一番大事なテクニックかどうかはともかく、柔術を稽古する上で軸になる技術を習得する事が大事だと君も思ってくれたのなら、まずはベーシックドリルをきちんとしよう。その上で、今日教えたトレアナのような軸を活かすためのテクニックについてはまた質問しなさい」。
 
3 古流柔術には型がある。

 型柔術の稽古を通して、合気習得のための身体の使い方を学ぶのであるが、型稽古にメリットがあるとすれば、(型が適切に設定されている事が前提になるが)履修者が稽古内容に疑問を感じなくて済むという点だろう。
 
 考えても見て欲しい。
 BJJのテクニックは、名前の付いているモノだけでもその数は500を下る事はないはずである。
 それを全部習得しようと思えば、何よりもまず立ちはだかるのは時間の壁である。
 人間は一度覚えたことはまず忘れる。
 あるテクニックをドリルし、次に同じテクニックをドリルするのが仮に500日後であれば、最初にドリルしたテクニックを覚えている人はほとんどいないだろう。
 同じことは他の499のテクニックについても当てはまるので、BJJが上手くなりたいと思うのであれば、型武道と同じようにまずは軸となるテクニックないし技術に絞ってそれを徹底して反復練習し、(そうした軸となるテクニックが)頭で考えなくても身体が勝手に動くレベルにまで技量を上げていく作業が必要になると思う。

 本稿では、BJJを上達するために「軸」となるテクニックに絞って、そのドリルを反復する事の重要性を説いたわけだが、「軸」という発想は、個別のテクニックを習得する際にも同じように妥当する。
 「トレアナ」が難しいと感じるのであれば、まずはこれが「足を捌く」ためのテクニックであるというコンセプトを理解し、足のステップと腕の使い方が連動していないという点をふまえて、後は「トレアナ」を足のステップと腕の使い方の二つのmovementに分解し、その二つのmovementを個別にドリルすればいい(「トレアナ」の場合、中心になるのは足のステップになるが)。
 そして、足のステップを正確に出来るようになれば、あとはこれと腕の使い方を組み合わせて対人ドリルをするだけである。
 ソロドリルで身体の使い方を覚えてから、対人ドリルをやった方が、理合も分からずやみくもに対人ドリルをこなすより、「トレアナ」の習得にかかる時間はずっと短くて済むはずである。

 一般にソロドリルは道場外での補強運動という扱いをされているが、ソロドリルは「独り型稽古」のようなもので、ソロドリルだけでもかなりの程度本質的な稽古が出来ると私は考えている。

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