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酵素のちから

酵素とはどのようなものかご存知でしょうか?細胞内(生物といってもいいかもしれません)の働きを理解する上で酵素の性質を知ることは必要不可欠です。生物の解説を始めたときに、「細胞の働き」=「タンパク質を作る」といいましたが、酵素のことを知ればこの意味がよく分かると思います。
(表紙はアルコール分解酵素の活性を調べる実験です。低活性の場合、写真のように真っ赤になります。)

酵素の役割

酵素の役割を理解する前に、化学反応を進めるには活性化エネルギーが必要と言うことについてお話しします。デンブンの分解という口の中で起こっている化学反応を例に活性化エネルギーについて説明します。デンプンはブドウ糖がいくつもつながってできた物質なので、吸収するためにブドウ糖どうしの繋がりを切らなければありません。私たちの口の中では、この切断は唾液に含まれるアミラーゼという酵素の働きにより行われます。これを酵素を用いずに行うと、ご飯(デンプン)を水の中に入れて、バーナーで長時間煮沸する必要があります。ブドウ糖どうしのつながりを切るにはそれだけ熱(つまりエネルギー)が必要です。この化学反応を進めるためのエネルギーが活性化エネルギーです。
化学反応に必要な活性化エネルギーを下げるために使用されるのが、触媒とよばれる物質です。例えば、物質Aと物質Bを水に溶かして混ぜると物質Cができるという反応があるとします。先述した通り化学反応には活性化エネルギーが必要なので反応はなかなか進みません。そこに触媒となる物質を入れると、活性化エネルギーが低下するため、少しだけエネルギーが加わるだけで反応が進みます。このように触媒には化学反応を促進する働きがあります。しかも、自分自身は変化しません。何度でも使えます。

活性化エネルギーと触媒の働きについて

酵素の特徴

中学理科で出てくる有名な触媒は、二酸化マンガンではないでしょうか?過酸化水素水(オキシドール)に入れると泡がたくさん発生する反応です。当然ですが、二酸化マンガンは金属の一種です。このように金属でできた触媒を、無機触媒と呼びます。一方、酵素は体(細胞)の中で作られるため、金属ではなくタンパク質でできています。そのため、酵素は化学実験で使用される無機触媒と異なる性質を持つ有機触媒と呼ばれます。酵素特有の特徴としては、以下の3つです。

  1. 酵素の働きがもっともよくなる温度がある(最適温度)

  2. 酵素の働きがもっともよくなるpHがある(最適pH)

  3. 特定の物質にしか反応しない(基質特異性)

1と2の特徴を具体的に説明すると、化学反応は温度が上がれば上がるほど反応が進みます。これは無機触媒を加えた反応でも同じですが、酵素を入れた反応の場合はある温度を越えると反応が進まなくなります。また、無機触媒はpHが著しく上昇(アルカリ性)もしくは低下(酸性)しても反応に変化はないのですが、酵素では反応しなくなります
酵素にこのような特徴があるのは、酵素(タンパク質)はアミノ酸がいくつもつながって立体構造を持っているためです。温度が高くなったり、pHが著しく変化すると、この立体構造が変形してしまいます。この現象の具体例としては牛乳を温めると膜ができる、酸性の酒に肉をつけると柔らかくなるなどがあります。このように酵素が働きを失うことを失活といいます。

酵素がもつ立体構造のイメージ。酵素には基質と結合できる特有の構造があり、活性部位と呼ばれています。

3の特徴についてですが、基質とは酵素が反応する物質のことです。中学の理科で消化酵素を習いますが、アミラーゼは炭水化物、ペプシンはタンパク質と反応する物質が決まっていました。つまり、酵素は特定の基質にしか反応しないということです。これは、酵素には特定の基質だけがはまる特有の立体構造(活性部位)があるためです。熱や酸(もしくはアルカリ)で酵素が働きを失うのも、この立体構造(活性部位)が変化してしまうことで、基質がはまらなくなってしまうためです。
ただし、1と2の特徴には例外があります。アーキアと呼ばれる原核生物は、90℃にもなる温泉の源泉や強い酸性やアルカリ性の水の中でも生きていけます。また、私たちの体内でも強い酸性の胃液中で働く酵素があります。

基質特異性の簡単なイメージです

酵素のあるある

酵素を使った実験で有名なのは、”カタラーゼの実験”です。カタラーゼとは、体内で発生する過酸化水素水を分解する酵素です。過酸化水素水は、オキシドールなどの名前で消毒液としてドラッグストアなどで売られています。名前の通り酸素が多く含まれている物質なので、過酸化水素水にカタラーゼを入れると泡(酸素)がたくさん発生します。二酸化マンガンと同じですよね。
実験としては、「過酸化水素水にレバー(カタラーゼ)を入れて気体(泡)が発生することを確認」「泡が酸素であることを確認するため、線香を入れて激しく燃えるか見る」です。しかし、この実験で重要なのはこの時発生した気体が本当に過酸化水素水から発生したのかを確かめる“対照実験”です。
具体的に説明すると、 「過酸化水素水+レバー」に加えて、「過酸化水素水のみ」「水+レバー」などが必要です。過酸化水素水だけのものを用意したのは泡の発生がレバーを入れたからこそ発生したことを、水にレバーを入れるのは過酸化水素水から酸素が発生したのであって、水からではないことを確かめるためです。結果を検証するために条件を1つだけ変えた比較対象を用意して確認するのが対照実験です。この場合では、 「過酸化水素水+レバー」以外の条件では泡が発生しないことから、カタラーゼの働きが分かります。
この考え方をもとに、酵素の特徴1と2を確かめるにはどうすればよいでしょう?まずは、高温では働かないことを確かめるために、「過酸化水素水+レバー+加熱」を用意します。この条件では泡は発生しませんが、これだけでは高温だから酵素が働きを失うとは言えません。もしかすると、過酸化水素水は高温になると泡を発生させなくなるのかもしれないからです。そこで、「過酸化水素水+二酸化マンガン+高温」を用意する必要があります。厳密なことを言えば、二酸化マンガンから泡が発生しているわけではないことを示すために、「水+二酸化マンガン」や「過酸化水素水+石英」などを用意する必要があります。これをもとに特徴2の証明にはどのような条件が必要か考えてみてください。


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