外連味のリアリティー

『マインド・ゲーム』や『夜明け告げるルーの歌』などを作られたアニメ監督の湯浅正明さんの作品について書きます(監督のこと、知らない人でも知ってる人でも読める記事です)。大好きで大好きで仕方がない作家さんの1人です。
ちなみに、外連味とは

けれん‐み【▽外連味】
はったりを利かせたりごまかしたりするようなところ。「外連味たっぷりの芝居」「外連味のない文章」

語源としては歌舞伎において大掛かりで奇抜な演出のことを指す演劇用語だったそうだ。このタイトルにはポジティブなニュアンスで使いました。

『夜明け告げるルーの歌』のPVに今までの作品がちょびちょび映ってます。参考までに。観てもらったらわかるかもしれないけれど、外連味という言葉で表したかったのは「はったりを利かせたり、ごまかしたり」というよりは、派手で、奇抜で、ごってりとした、という感じのことだ。監督の作品には、シンプルなショートケーキよりも、青や緑やピンクのカラフルなデコレーションケーキみたいな作品が多い。

それらの作品は音楽と映像とが不思議に融合し拍動して、わたしたちをフィクションの世界へいざなう。『夜明け告げるルーの歌』では、まさに歌がテーマの1つになっていて、ラストシーンは圧巻だ(これを観た後に「歌うたいのバラッド」を聴くとそれだけで泣きそうになる)。

そして、湯浅監督作品の最大の魅力はフィクションの力強さだ。映画や小説というのは何も、リアリティだけが評価されるわけじゃないということをはっきりと思い出させてくれる。作家の桜庭一樹は事実は小説よりも奇なり、という言葉をひっくり返す作品を作りたいと言っているように、湯浅監督はフィクションは事実よりも奇なり、を確実に行なっている。

摩訶不思議な世界観を観客にゴクリと飲み込ませ、圧倒し、現実と連続していないようで、私たちの心をがっしりと握り、揺さぶり、私たちを感動させるのだ。迫真性がある。
あまりにも広大な自然を前にして涙するように、映画やアニメを見ながら、自分が何に感動しているのかよくわからないままに、涙してしまうような力があると思う。

そんなわけで、もっとたくさんの人が監督の作品を観てくれぇ!という心の叫びがもれてしまいました。
もう、ウルトラフィクションな世界に行きたければ『マインド・ゲーム』を、もう少し普通の味付けで、という人は『夜明け告げるルーの歌』を、短い時間で監督の個性を知りたければ短編の『Kick-Heart』を。
TVアニメの『ピンポン』も現在Netflixでやっている『DEVILMAN crybaby』も、もんっのすっごく面白いです(監督の原作モノの魅力についてはまた別の記事で……)。

かくいうわたしもまだ『カイバ』など観ていない作品があるので、それをこれから観るのが生きる楽しみです。

#アニメ #映画 #湯浅正明 #感想 #エッセイ

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